鷺流狂言型附遺形書 校訂  西村  聡     深澤 希望     鵜澤 瑞希     中司由起子 【凡例】 一、野上記念法政大学能楽研究所蔵『鷺流狂言型附遺形書』(野上記念法政大学能楽研究所『蔵書目録附解題』記載の名称)全十四冊の内、間狂言の部分を翻刻する。 一、翻刻は底本に忠実であることを原則としたが、印刷の制約や通読の便宜を考慮し、左の方針に従った。  1、各曲の曲名はすべて行頭から記し、本文・割注は次の行の行頭から記することで統一した。  2、底本の割注部分は割注とせず、文字の大きさで他の部分と区別した。  3、底本の割注以外の本文はセリフと型付から成り、セリフは平仮名・片仮名の両方が使用されるが、翻刻では平仮名に統一した。ただし、底本の片仮名表記に他の部分と区別し、強調したい意図が見える場合は、底本のままとした。型付は片仮名が使用されることが多く、セリフと区別するためにも、翻刻では片仮名で統一した。  4、底本の漢字の読み方を示す送り仮名の位置の片仮名や、送り仮名の位置の音便などは、翻刻では文字を小さくし、片仮名表記のままとした。  5、底本で使用される合字は、翻刻ではセリフの部分は「より」「とも」等平仮名とし、型付の部分は「ヨリ」「トモ」等片仮名とした。  6、底本の役名は平仮名・片仮名の両方が使用されるが、「シテ・アド」等片仮名で統一した。底本に「アト」等、濁点がない場合には補い、「アド」等とした。  7、底本には音の清濁を区別する濁点が付いていない箇所も少なくないが、翻刻担当者の判断により適宜濁点を補った。漢字の濁点は原則として省略するが、必要と判断される場合は注を付すこととした。  8、底本には句読点を打つことが少ないが、通読の便宜を考慮し、翻刻担当者の判断により適宜句読点を補った。底本に句読点として「。」が書き込まれている部分は、翻刻担当者の判断により句点「。」と読点「、」を区別し、逐一断らないこととした。  9、底本のセリフの部分は、翻刻では始まりと終わりを「」で区切った。節記号の付いている部分は、翻刻では始まりと終わりを〽と〽とで区切った。「上・中・下・イロ・ノル・強・次第」などは原則として省略した。  10、底本で使用される漢字の異体字・旧字体は、翻刻では通行の字体・新字体で統一することを原則とした。ただし、「嶋」「躰」「龍」「坐」など若干の異体字・旧字体は底本のままとした。  11、底本で使用される漢字の踊り字は翻刻では「々」、平仮名の踊り字は翻刻では「ゝ」「ゞ」、片仮名の踊り字は翻刻では「ヽ」「ヾ」で統一した。  12、底本の目次及び各曲冒頭の曲名に通し番号(漢数字)を振るものと振らないものがあり、翻刻では底本の数字のままとした。また、通し番号は多く朱書されるが、翻刻では逐一注記しないこととした。  13、底本に明らかな誤りがあった場合は、翻刻では読み仮名の位置に「(ママ)」とし、曲ごとの末尾に注を加えて説明することとした。ただし、読み仮名の表記は誤りと見える場合でも、歴史的仮名遣いに直すことはしなかった。  14、底本の本文の右に割注とは別の注記がある場合は翻刻では「㋯」、本文の左に注記がある場合は翻刻では「㋪」と断った上で、注記部分を「( )」で囲って表記した。  15、底本の文字が判読できない部分は文字の数だけ「□」に置き換えることとした。  16、翻刻の分担は以下のとおりである。    二(西村聡)・三・四(深澤希望)・五・六(鵜澤瑞希)・十四(中司由起子)  17、解題は中司由起子が執筆した。 (西村聡) 【翻刻】 遺形書  一弐 (表紙題簽) 遺形書   弐(内題) 田村 八嶋 忠度 兼平 道盛 敦盛 頼政 知章 箙 実盛 朝長 巴 碇被 経政 俊成忠度     二番目間  三 三 田村 間初同ニテ出、太鼓座ニ居ス。中入過テ後見引。シテ柱ノ先ニ立テ名乗ル。語間ノ分、先出 等、右ノ通リト心得べシ。三番目雑間ニテモ略ス。 印サズ。出入ノ節、シテ柱ノキワニテ礼アリテ座ニ附クベシ。 「慰ばやと存候。」(㋯ト云乍、正面ヘ出、ワキヲミ附。) 「心得申候。」ト云テ真中ヘ行、ワキノ前ヘ座シ、「物語申そふずる。」ト云フ。正面ムキニ向。語リ、右ノ向様、語間ノ分、皆如是故、略レ之、印サズ。 語「去程に 如此にて候。」ト云、ワキノ方ヲ向。 「心得申候。」ト云テ太鼓ザヘ行、居ス。シテ出、地取済テ引也。尤前後片幕ニテ出ル。前後出テ、シテ柱ノアタリミテシギ、礼アリテ座ニツク。引込時モ礼有リテ引也。 八嶋 「忘((ママ))語仰らるゝか△」△此印ノ所ニテ、ワキ「いや〳〵忘語申さず候。夫に付、少尋たき事の候。」ト云ハヾ、「心得申候。」ト云、座シテ、「実と御出家の身にて偽は仰られまい。扨お尋有度み((ママ))はいか様成御事にて候ぞ。」ト云ベシ。 (㋯下ニミル。)「見れば人の」 (㋯少シ先ヘ出、ワキヲミ付。)「足跡を。」 「心得申候。」此所同事。「去程に。」 忠度  セリフ前同事。 兼平 此間、武者揃也。常ノ間ニ云時ハ、印ノ間脱申候。 「端見谷の四郎(●)楾(ハン)谷(ガヘ)の四郎、熊谷の次郎、猪の股の小平六を(●)始として、都合其勢三万五千余騎、近江の国野路篠原に陣をとる。又搦手の大将軍は九郎御曹子義経に、同く相伴ふ侍は保田の三郎、大内の太郎□畠山の庄司次郎□梶原源太、佐々木の四郎▲糟屋の藤太、渋谷の右馬之允、平山の武者所を▲先として御弔ひあれかしと存候。」跡ノセリフ如レ前。印付候所ハ武者揃也。常之時ハ印ヨリ印ノ間脱也。 通盛 「申さばやと存候。」ト云テ、ワキノ前ヘ行、座シテ、「迷惑仕候。」此間ノセリフ前ノゴトシ。「□かしと存候。」跡ノセリフ如前。 敦盛 「かしと存候。」跡ノセリフ如レ前。 頼政 「あれかしと存候。」跡ノセリ如レ前。 知章 「あれかしと存候。」跡ノセリフ如前。 箙 「あれかしと存候。」跡ノセリフ如前。 実盛 ワキ出、シテ柱越スト、間、片幕ニテ出、仕宜アリテ座ニツク。ワキ牀机ニカヽリ、ツレワキ座スト、間立テ、シテ柱ノ先ニテ名ノル。 「御ン参り候へや。」、ト云テ、太コ座ニ居ス。シテ中入有リテ、又シテ柱ノ先ニ立、詞云。 「去程に 申さばやと存候。」ト云、ワキノ前ニ座シテ、 「御座なく候か。」セリフ如前。 「相触申そふずる。」ト云、立テ、ワキ正面ヘ行、ワキ方ヲ見テ詞云。「や(△)あ〳〵皆々承候へ。」(㋯「△やあ〳〵篠原の面々承り候へ」トモ)。 「其分心得候へ〳〵。」ト云、ミ廻シ触テ、太鼓座ヘ行、居ス。中入後入所、如レ前。 朝長 (㋯太鼓座ヨリ立、橋懸一ノ松ニ立。但シ、又ワキ、橋懸ヨリ案内乞バ、シテ柱ノ方ニ立ツ。) 「誰にて渡り候ぞ。」 「尤に候。」ト云テ、太鼓座ヘ行、居シテ、中入前ニ、ツレ女ニ云付有リ、中入スル。ツレ女、間ヲ呼出ス。「御前に候。」(㋯ト云乍、女ノ前へ行、居シテ、)「心得申候。」ト云、立テ、 「是は思ひの外な。」 「お僧にて候か。」 「中(○)々我等は。」 「参りて候。」セリフ常ノ如。 「先保。」 「御自害成され候。」 「先(△)朝長の。」 「扨旁は朝の。」 「聴聞仕ふずる。」中入ニ、シテ、ツレ呼出シ無之時ハ○、「○唯今承れば長は墓所より旅人を御同道被成るゝと申間、先あれへ参り見まふそふずる。いや是は最前お目に懸りたるお僧にて候よ。」是ヨリ同断。 又脇へ語所望之時之セリフ左之ゴトク、但シ遠キ事故、云合タルベシ。 初メ前ノ如。「中(〇)々我等は此やの内の者にて候が、旁の是へ御出なさるゝに付罷出、御宮仕致せと申付られ候間、取物を取敢ず伺公致イた抔((ママ))者抔も自分の用所ありて行か、又は頼申人の使に参るか、毎年爰彼こをあろき申が、何程心易イ旅じやしあつても、旅宿は万不自由成物なれば、何にても似合の御用有に於ては、御心おかれず仰付られい。成程の事は随分御馳走申申((ママ))そふずる。」爰ニテ、ワキヨリ語所望スル。セリフ常ノ如云テ、語有リ。尤語、如前。「先(△)朝長の御最後の様躰、我等の存たるは如此にて候。又源平両家の御中不和に成ツて平治の乱と成たる由来を此田ン舎の迄は一円に不存候間、逆縁乍語ツて御聞せ候へ。」 ワキ語。「懇に御ン物語始て承る。別して祝着致候。さ様に深く御ン包有ルは、今は平家の国土を守護し給ふにより、清盛をはゞかつて仰らるゝと存候。如(△)何にと申に、か程の怨敵の中を忍びて御出あるは、余の常ならぬ深き御志しなる間、今よひは是に御逗留あり、夜□共に観音懺法を以、朝長の御菩提を御ン弔ひ被成、其後何国へもお通りあれかしと存候。又(△)唯今亭主の墓所へ参られたるは、源家の大将源の義朝の次男、大夫の臣朝長の御自害被成たるを、長者は御痛敷う存ぜられ、空しく野辺の塵(チリ)となし申されたるに、誰有ツて御跡を弔フ人も御座無故、長は七日〳〵に墓所へ参り、花水を手向申さるゝが、今日は御名日に相当り参申されたるに、あれより旁を御同道有りたるは、定メて義朝の御一門衆か、然らずは御家老の歴々か、又朝長の御所縁の御方か、いか様唯人では御座るまいがと存候。殊に御法躰の御方なれば、我等の苦しからぬ者にて候間、唯包ず御名字を御明し被成候へ。」 「偖は旁は。」 「あれかしと存候。」ト云、引也。 巴 碇被 「中々此浦の者にて候。」 「心得申候。」ワキノ前ニ居シテ、「扨お尋。」 経政 「御前に候。」「畏て候。」ト云、立テ、シテ柱ノ左ニテ、「去程に皇后宮の亮経政は、幼少より仁和寺御室に同所にて、八歳の時御所へ参初、十三にて元服仕(シ)給ふ迄、片時も君辺を立去事候わず。掛る御馴深成に依て、平家都落の時分も御ン前に参り、前に下し給わりし青山と云琵琶を上げ、一の谷にて打死有るべし。」「不便に思召、彼青山を手向、管絃講を以、経政の菩提を御弔ひ有べきとの御事なれば、管絃の役者は其分心得候べし。」 俊成忠則 「誰にて渡候ぞ。」 「さあらば其由申さふずる間、夫に暫く御待候へ。」 「いかに申上候。薩摩の守忠度の御守りにて候。」 「畏て候。御出の由申て候へば、御対面あらふずるとの御事に候間、号御通り成され候へ」。 (朝長) 一 始メ音取、置鼓ニテ脇出ル。脇ツレ名乗ノ内、橋懸リニ居ル。間モ本幕ニテ出、ワキツレノ跡ニ付、下ニ居ル。名乗過、ワキツレ舞台ヘ入ル間、太鼓座ヘ着、道行過、ワキ橋懸リヘ向ヒ、「所の人の渡り候か。」間「シカ〳〵。」 ワキ「朝長の墓所を教て給り候へ。」 間「シカ〳〵。」 ワキ「念比に御教、祝着申候。さ有らばあれへ立越、心静に回向申さふずるにて候。」 間「シカ〳〵。」 ワキ「頼申候。」 中入。 「誰か有る。」 「参りて候。」 「宮仕へ申候へ。」ノ言葉ナシ。間名乗リ、ワキノ前ヘ行、カヽル。ワキ「参候。いまだ逗留申候。最前の主の御物語にて涙を流し申て候。」 間「シカ〳〵。」 語リ過、ワキ「念比に御物語候物哉。今は何をか包候べき。是は朝長のゆかりの者にて候が、御跡を弔ひの為、罷下りて候。又朝長の御幼少之時より観音懺法を御読誦候程に、迚の事に懺法にて御跡を弔ひ申さふずるにて候。」 間「シカ〳〵。」 ワキ「さあらば御触ありて給り候へ。」 間触テ笛座ノ上ニ座付、本幕ニテ入ル。 右之通故、当流ニテハ其心得ニテ可然事。 一 新之丞ニ承リ候処、懺法之節ハ脇語リ有ニ不由尤語ト其名目之而□。 天保三卯年十月五日於御本丸中奥御能之節      金春太夫     朝 長   源七郎  三郎右衛門長右衛門  惣右衛門長   蔵       懺法       間               八右衛門 右之相手組ニテ有之候心覚。 軒端梅    芭蕉    采女    井筒    江口    定家    夕顔    半蔀    半蔀立花供養 空蟬 野宮 檜垣 伯母捨 仏原 藤 誓願寺 六浦 陀羅尼落葉 胡蝶 朝顔 松風 楊貴妃 祇王 二人祇王     三番目間  四 軒端梅 脇次第ノ内ニ片幕ニテ出、太鼓座ニ居ス。道行過、詞アリテカヽル。一ノ松ニ立ツ。 「誰にて渡候ぞ。」 ワキ「シカ〳〵。」 「お尋」 「あらふずる。」 ワキ「シカ〳〵。」 「尤に候。」ト云、又太コザヘ引、居ス。シテ中入過、シテ柱ノ先ニ立ツ。 「最前。」 「参りて」(㋯ト云乍、先ヘ出ル。) 「見申さふずる」(㋯ワキヲミテ、)「いや是成」 「御座候よ。」 ワキ「シカ〳〵。」 「心得申候。」ト云、ワキノ前ヘ行、居ス。 「御事にて候か。」 ワキ「シカ〳〵。」 「是は思ひも」 「一円に存ぜぬと申もいかゞなれば、承り及たる通り物語申そふずる。」 ワキ(㋯此詞ナシ。)「シカ〳〵。」「承ふずる。」 ワキ「シカ〳〵。」 「心得申候。」ト云、太コザヘ行、居。後シテ出、地トリニテ片幕ニテ入ルナリ。 芭蕉  初同ニテ出、太コザニ居、中入過テ、シテ柱ノ先ニ立ツ。 「是は唐土」 「ばやと存る。」ワキノ前ヘ行、下ニ居テ、 「唯今参じて候。」 ワキ「シカ〳〵。」 「我等も」 「迷惑仕候。」ワキ「シカ〳〵。」有。セリフ〈東北〉同断。 語「去程に」 「然(△)れば漢の」 「又(△)雪のうちの芭蕉の。」 「かしと存る。」ワキ「シカ〳〵。」此跡ノセリフ〈東北〉同断。 采女  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ〈東北〉同断。「かしと存る。」跡ノセリフ〈東北〉同断。 井筒  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ〈芭蕉〉同断。 江口  出入〈東北〉同断。ワキカヽル。 「尤に候。」ト云、太鼓ザヘ行、居ス。中入過テ、シテ柱ノ先ニ立。「是に御座候よ。」此所セリフ〈東北〉同断。 定家  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ〈芭蕉〉同断。 夕顔  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ同断。「内(△)よりも女の白き扇の爪(△)こがしたるをもていで。」 半蔀  出入〈芭蕉〉同断。 「唯今参じて候。」ワキ「シカ〳〵。」此所ノ詞セリフ等、〈芭蕉〉同断。語、〈夕顔〉同断。但、語ノ内合印ノ所。「内(△)よりも女の半蔀を上て白き扇の爪(〇)こがしたるをもて出。」(㋯此詞ハ書テナシ。)如此云、語スミ、「是は。」    立花供養之時ハ如左。 「御前に候。」 「畏て候。」 「皆々承候へ。花の供養を成さるゝ間、色能花を参らせよとの御事なり。又志の輩は皆御参あれ。其分心得候へ〳〵。」中入過テ、「いかに申、唯今の様子は何と思召され候ぞ。」 空蟬  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ〈芭蕉〉同断。 野々宮  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ同断。 檜垣  出入〈芭蕉〉同断。 「迷惑仕候。」ワキ「シカ〳〵」有。セリフ〈芭蕉〉同断。 伯母捨  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ同断。 仏原  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ同断。 藤  出入〈芭蕉〉同断。 誓願寺  ワキ、次第ノ内ニ出、太鼓座ニ居ス。道行過テ詞アリ。ワキ、女へ行、腰掛リトシテ柱ノ先ニ立ツ。 「是は 候へや。」ト云触テ太コザニ居ル。シテ中入過テ、シテ柱ノ先ニ立ツ。「此由申さふずる。」ワキノ前ヘ行、下ニ居テ、「御座なく候か。」セリフ同断。 六浦  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ同断。 陀羅尼落葉  出入〈芭蕉〉同断。 「たるぞ。」セリフ同断。 胡蝶  出入〈芭蕉〉。 「たるぞ。」セリフ同断。 朝顔  出入〈芭蕉〉同断。 「是は此隣に住者にて候。今日仏心寺へ参らばやと存る。」 「是なるお僧は何国より御参被成たるぞ。」 僧「先当寺は仏心寺と申て、洛中に隠なき御寺にて候。昔桐壺の御門の御弟に、式部卿と申御方の住せ給ひたる御旧跡にて有由承る。此式部卿の御息女の在すが、朝顔の斎(サイ)院と申て加茂の斎(イツキ)の宮にまし給ふを、光源氏の聞し召され御心を掛させ給へば、神慮もいかゞと思召、折々の御返事は遊せども、御底は御なびきなく候処に、桃(モモ)園(ソノ)の宮過させ給ひて後、女御の宮と一所に住せ給ふを、折に幸と思召、源氏の宮は御訪と号して最(イト)繁(シギヤ)ふ御出成されけれど、斎院は更に付解給ねば、重ての御玉章、言葉に花を咲(サカ)せられ、猶以度々通わせ給へば、終に難面なびき給わず。大方の御文通はし迄にて有たるにより、数々の御恨尽せざる様に承る。夫に付存出たる事の候。惣じて御出家は何れも残らず、定て能々御存被成しが、世間に我人萩朝顔とは云つゞけ共、此槿と申草花を仏前に於て手向には終にこれなき様に取沙汰致たす。か様の事に付、色々子細有実候へども、委シき事は存も致さず。先我等の聞及びたるは斯の如くにて候が、何とて朝㒵の謂を、御出家のお尋有たるぞ不審に存候。」 「是は奇特成事仰らるゝ物哉。扨はお僧の御心中貴により、朝顔の亡こん女人と現じ有難き御法をも受度思ひ、お僧に詞を替されたると推量いたす。余りに不思議成事なれば、暫く是に休らひ給ひ御経を御どく誦あれかしと存る。」 松風    又短キ方 楊貴妃  ワキ、次第ノ内ニ出、太コザニ居ル。道行過テカヽル。一ノ松ニ立ツ。 「候ぞ。」ワキ「シカ〳〵。」 祇王  ワキ、名ノリ過テ呼出ス。但、ワキ出、シテ柱ヲコスト片幕ニテ出、太コザニ居ル。 「御前に候。」 ワキ「シカ〳〵。」 「畏て候。」ト云、幕ヘ向、「いかに祇王へ。」 「御事に候。」ト云、太コザニ居ル。シテ、中入過テ呼出ス。「御前に候。」 ワキ「シカ〳〵。」 「畏て候。」ト云、立テ、シテ柱ノ先ニテ、「是は一段の。」 二人祇王  如此〈二人祇王〉ト有之候へ共、ヤハリ右〈祇王〉同様ノ事歟。 「畏て候。」シテ柱ノ先ニ立。「扨も珍らしい。」 遺形書  三四(表紙題簽) 遺形書   三(内題) 雷電 車僧 同替 大会 是界 鞍馬天狗 能力天狗 葛城天狗 飛雲 土蜘蛛 鵺 鵜飼 橋弁慶 同 二人間 小鍛冶 同 来序 吉野天人 短キ方 紅葉狩 悪女武内 羅生門 同 二人間 現在鵺 熊坂 鐘馗 藤戸 張良 三山 シヤベリ 語間 求塚 当麻 須磨源氏 吉野天人 長キ方 第山((ママ))天  雑能間 五 雷電 来序ニテノ((ママ))出ル。シテ柱ノ先ニテシヤベル。巻数ヲ右ニ持ツ。 「急で参ふと。」(㋯少シ先ヘ出、上ヲミテ。) 「此辺の人々を。」(㋯ト云乍、ワキ正面ヲ向。) 「其分心得候へ〳〵。」(㋯左ヨリ右ヘ見廻シトメル。) 車僧 竹杖ツキ、来序ニテ出ル。 「彼車僧とやらんは。」(㋯右ヨリ左リヘ廻ル。) 「有ふ。されば社。」(㋯元ノ所ニ廻リ留リ、ワキヲミテ。) 「いや、こそ〳〵や、こそ〳〵こ(●)そ〳〵やこ(●)そ〳〵こ(●)そ〳(●)〵やこ(●)そ〳(●)〵。車僧の鼻の先より。」(㋯杖ニテワキヲサス。) 「廿日鼠が、土俵靭を腰に付て。あなたへはちよろ〳〵。」(㋯杖ヲ両手ニ持、腰ニアテ、目付柱ヘチヨロ〳〵ト走リ寄ル。) 「此方へはちよろ〳〵。」(㋯大臣柱ノ方ヘ走リ出ル。) 「いや、ちよろ〳〵や、ちよろ〳〵。」(㋯ワキヲミテ。) 「おかしいか車僧。笑へや車僧。」(㋯ワキヲミテ。) 「笑へ〳〵車僧。」(㋯ワキヲミテ、ウナヅク。) 「いや、こそ〳〵や」(㋯是ヨリ左リニ廻リ、尤ノリ乍。) 「こそ〳〵こそ〳〵や、こそ〳〵、〳〵 〳〵 〳〵 〳〵。」(㋯ト云乍、シテ柱ノ先キ迄行迄云、シテ柱ノ先キニ廻リトマリ、ワキヲミテ、ヨイ時分ニ。) 「こそ〳〵 〳〵 〳〵 〳〵。」(㋯ト云乍、左リノ手ヲ出シ、ワキノソバヘヨル。ワキノ下ヘ手ヲヤリソウニスル。ワキタヽク。) 「あいた〳〵 〳〵 〳〵。」(㋯ト云乍、シテ柱ノ先ヘ片手ヲアテ、ニゲ行。下ニ居テ、其マヽ又立テ。) 「是は如何な事。笑ふ事は扨置て、結句したゝか打擲せられた。此分では成まて((ママ))。急で頼申魔軍を呼出し申そふ。如何に大郎坊〳〵。」(㋯ト云、シテ柱ノキワヨリ、幕ニ向ヒ。) 同替 「知識の在すが。」是ヨリ常ノ如。 「嬉しく。」 「先急で。」(㋯右ヨリ左ヘ廻ル。) 「始て見ませう。」(㋯ト云乍、指。) 「どこ元にいらるゝぞされば社。」(㋯ト云迄ニ。) 「一段貴そふな。」是ヨリ又常ノ通。 「いや、こそ〳〵や、こそ〳〵。」 「狂ひか車僧。笑や車僧。」是ヨリ留メ迄、常ノ如。 大会 来序ニテ出ル。ツレ五人カ、三人ヲモ。舞台真中ニ立、ツレ左右ニ別レ立并ブ。 「おかしき天狗は寄合て。」(㋯扇開キ。) 「〳〵。何仏にかならふやれと、談合するこそおかしけれ。」(㋯左右ノツレヲミル。) 上羽「愛岩の地蔵に得なるまじ。」「大峯葛城は。」(㋯右ヨリ左リヘ廻リ、ツレ皆々大小ノ前ニ下リ、立并ブ。) 「発喜菩薩。是(●)又(●)大(●)事(●)の(●)仏なり。」(㋯正面ヲ向、五ツ拍子。) 「能々〳〵物を案ずるに。」(㋯ユウケン。) 「堂の角なる賓頭るに成らんと。」(㋯大臣柱へ扇ニテムスビサシ。) 「皆紙衣を拵へて。」(㋯目付柱ヘサシ行。) 「皆紙衣を着連つゝ。」(㋯カザシ戻リ。) 「ごう((ママ))り〳〵と、帰りけり。」(㋯左右シテ、トメル。)(㋪又左右ノ袖ヲアヲル様ニ二ツシテ、片左右ニテモトメル。) 是界 来序ニテ出ル。巻数持。〈雷電〉同断。 「急で参ふと存る。」(㋯右ヨリ左へ廻ル。) 「寄らぬ事じや。」(㋯元ノ所ヘ廻リ留リ、上ヲミテ。) 「跡へも。」(㋯アトヘモドル。) 「先きへも。」(㋯正面へ出ル。) 「行れそふもない。」(㋯ト云留リ。) 「其分。」(㋯左ヨリ右ヘ見廻ス。留ル。) 鞍馬天狗 能力 文ヲ右ノ手ニ持。シテ名乗リ過キ、太鼓座ヘクツロギ、能力出。シテ柱ノ先キニテ名ノル。 「急で参ふと。」(㋯右ヨリ左リヘ廻ル。) 「さ様の事で御座らふと推量致イた。」(㋯ト云フ迄、シテ柱ノキワ迄廻リ、トメ。ワキノ出ルヲミテ。) ワキ子方ヲ連、右ノ内ニ出ル。尤、子方大勢先キヘ立。ワキト、ワキヅレ、子方ノ柱(①)ヨリ出ル。橋懸ニ立并。 「いや早。」 「申そふ。」ト云、両方ノ後ロ内、蘭カンノ方ヘ付通リ、ワキノ側ヘ行キ、下ニツクバイ。 「如何に申。」 「お文を持参して候。」(㋯ト云乍、ワキヘワタス。) ワキトリテ、シカ〳〵。 「参ン候。」ワキヒラキヨム。謡ニナルト太鼓座へ行、居ス。ワキ、子方、舞台へ出、并居ス。謡「いざ〳〵花を詠めん。」トウタヒ留ルト、ワキ呼出ス。能力出テ、ワキノ前ニ居ス。 「御前に候。」ワキ、シカ〳〵。 「畏て候。」小舞〈イタイケシタル〉ヲ舞。シテ右ノ小舞ノ済時分ニ出、目付柱ノ下ニ居ル。但シ、シテ真中ヘ出ルモアリ。聞合ベシ。小舞ノ留メ「マリ子弓」ト下ニ居ルトテ(②)、シテヲミテ、キモヲツブシ、其儘立テ。 「是はいかな。」 「申そふ。」ト云、ワキノ前ヘ行、下ニツクバイ。 「いかに申。」 「某の引立。」(㋯ト云、ウデマクリシテ、立フトスル。) ワキ、シカ〳〵。 「いや。」 「追立まそふ。」ワキ、シブ〳〵。子方一人残リ、跡皆立。ワキモ立ヲミテ。 「あゝ。」 「物をや〳〵〳〵。」(㋯ト云乍、ワキノ跡ニツキ行。ワキ、シテ柱ヲコヘ。) 「喃申。はて扨。」(㋯ト云、正面ヲ向、シテ柱ノ先ニテ。) 「あれには是々。」(㋯シテヲミテ、「是々ヲ。」ト右ノ手ヲ廻ハシテ、ニギリコブシヲ見スル。)「度イ。」ト云、幕ヘ入ル也。 ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「跡」。 ②「キ」の誤写か。 同 天狗 中入間也 来序ニテ竹杖ツキ出、シテ柱ノ先キニテシヤベル。 「退(ノコ)ふいや何れを。」(㋯ト云、ワキ正面へ向ミテ。) 「出し申そふずる。」ト云、シテ柱ノキワヨリ幕へ向イ。 「如何に。」 葛城天狗 ツレ五人、或ハ三人。〈大会〉同断。来序ニテ出ル。 「越天狗にて候。」 ツレ「えへん〳〵〳〵。」セリフ〈大会〉同断。 「去程に。」 「溝越天狗好みには。〳〵。」(㋯扇ヒラキ、ツレ大小ノ前へ下リ立并ブ。) 「喧嘩口論其外悪気の。知識辻風。」(㋯開キ、扇ニテサシ乍、右へ廻ル。) 「是等けばくす時こそ心も面白けれど。」(㋯ユウケン。) 「飛行自在にかけらんとするを。」(㋯目付柱ノ方ヘ走リ行、又大臣柱ノ方ヘ走リ行ク。左リヘ廻ル。) 「梵(●)天(●)帝(●)釈(●)嗔(●)り給へば、力及ず迷惑さに。」(㋯少正面ヲ向テ、イカル心アリ。グワツシ、下ニ居テ、左ノ袖ヲカザス。) 「ひつそとして。」(㋯腰ヲカヾメ右ヘ廻ル。) 「こそ帰り。」(㋯左右ニテ。) 「けれ。」(㋯拍子一ツ。) 飛雲 来序ニテ出ル也。シテ柱ノ先ニテシヤベル。 「誠に彼。」(㋯右ヨリ左リヘ廻ル。) 「去ながらどこ元に。」(㋯是迄ニ元ノ所ヘ廻リ留ル。ワキ正面ヨリ見廻シ、ワキヲミ付。)「さればこそ是に。」(㋯ワキへヒラキ。) 「如何に先達。」(㋯ワキノソバヘ行。) 「心得候へ〳(●)〵。」(㋯拍子一ツ。) 土蜘蛛 竹杖ツキ、早鼓ニテ出、シテ柱ノ先ニテ留ル。早鼓、名乗リ、シヤベル。 「誠にか様に。」(㋯右ヨリ左ヘ廻ル。) 「合ふと存る。」(㋯是迄廻リ留メ。) 「いや。」(㋯ワキ正面ヲミテ。) 「構ひて。」(㋯左リヨリ右ヘ見廻シトメル。) 鵺 ワキ道行ノ内ニ片マクニテ出、太コザニ居ス。道行過、案内乞、一ノ松ニ立。 「候ぞ。」ワキ、シカ〳〵。 「叶候まじ。」ワキ、シカ〳〵。 「御通り候へ。」ワキ、シカ〳〵。 「申そふずる。」ワキ、シカ〳〵。 「にて候。」ワキ、シカ〳〵。 「上ると申ぞ。」ワキ、シカ〳〵。 「お人じやよ。」ト云捨テ、太コザニ居ス。シテ中入有リテ、シテ柱ノ先ヘ立。 「夜前。」 「見申そふ。」(㋯ト云乍、先ヘ出ル。) 「いや是は。」(㋯ワキヲミテ。)「にて候よ。」ワキ、シカ〳〵。 「事はなく候ぞ。」ワキ、シカ〳〵。 「心得申候。」ト云、ワキノ前ヘ行、居ス。〇「扨お尋。」 「にて候ぞ。」ワキ、シカ〳〵有リ。セリフ三番目同断。 「九刀突れたると申す。(●)」(㋯「九刀突れたると申す」〇) ワキ、シカ〳〵。 「実と九刀が定定て御座らふずる。(●)扨火を」「笛(①)々と申実候。」ワキ、シカ〳〵。 「誠に是も鵺が本ンで御座らふずる。(●)」〇「扨か様の。」(㋯当時ハ此印ノ間ヌク。直ニ此印ノ所ヨリ。) 「かしと存る。」ワキ、シカ〳〵。 「参ふずる。」ワキ、シカ〳〵。 「心得申候。」ト云、太コザ行。中入後シテ後見出、入ル也。 ①「笛々」は「ぬえ」の誤写か。 鵜飼 初ワキ宿借ル。会釈〈鵺〉同断。中入後、此○印迄同様。 「扨お尋。」 「だんぶとはめたか。」(㋯「て候。扨只今は何と思ひよりて」△当時ハ、カ様ニ云。) 「南宝おと((ママ))なしき。」 「御座なく候か。」 「某は随分。」 「扨唯今は何と思ひ寄て。う(△)つかひの。」 「かしと存る。」ワキ、シカ〳〵。 「さあらば。」 橋弁慶 早鼓、竹杖ツキ出、シテ柱ノ先ニテ名ノル。ツレ出ルトキハ、ツレ地謡座ノ方ニ立。 「不思案な人に(●)て。」(㋯「誉を(△)取ふ。」) 「誠に此年月。」(㋯右ヨリ左ヘ出ル。) 「御座る。」○「いや〳〵のふ〳〵おそろしやの。〳〵。」ト云ナガラ、入ル。 同 二人間 「急で語り申ませ。」語同断。●此印迄。 「不思案。」 「扨も橋へ出て。」是ヨリ又同断△此印迄。 「誉を。」 「夫ならば。」 「いや何角。」(㋯右ヨリ左ヘ廻ル。ヲモ二人ノ如ニ廻リ留リ。) 「一寸いて参ふ。」(㋯ト云乍、行フトスル。) 「是々。」(㋯ヲモ、トメル。) 「一寸といて参ふ。」(㋯又行フトスル。) 「戻す事はならぬ。」(㋯ト云乍、トムル。) 「某は戻るぞ。」ト云乍、ヲモオ、ツキノケ、逃入ル。 「やい〳〵。」 「何と寄ぞ。い(〇)や〳〵。」 「思ふた。」是ヨリトメ迄、前ノ通リ。 小鍛冶 早鼓也。当時ハ諸流共ニ早鼓ナシ。観世流ニハ何モナシ。竹杖ヲツキ、只出、シテ柱ノ先ニテ名ノル。 「いや其許の。」(㋯ワキ正面ヲミテ。) 「構へて其分。」(㋯左リヨリ右ヘ見廻シ居(①)、ワキ留(②)ニ□留ル。) ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「乍」。 ②「留ニ□」は水野文庫蔵『鷺流間の本』は「正面ニテ」。 同 乱序 「是は都四条隣。」 吉野天人 初同ニテ出、太コザニ居ス。中入過、シテ柱ノ先エ立テ、シヤベル。 (㋯「止事なき女性の見(マミ)へし程に。いかなる人とぞ不審なし申されければ、われは上界の。」) 「心得候へ〳〵。」ト云、太鼓座へ行居ス。後シテ出、地トリ、入ル也。 紅葉狩 悪女 シテ、次第ニテ出ル。其跡ツキ出、太コザニ居ス。次第過、ツレ女トモニ。シテ柱ノ先ヘ立、フルヽ。 「やあ〳〵。」 「候へや。」ト云、太コザヘ引ク。ワキ、一セイ過テ、シカ〳〵有リ。ワキ連、案内ヲ乞。 「候ぞ。」シカ〳〵。「此辺。」 「候ぞ。」ワキヅレ、シカ〳〵。 「由々。」 「御申候へ。」ト云、□(①)ク。中入ノ時、ツレノ末ニ付入ル也。 ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「引」。 同 武内 来序ニテ出ル。太刀右ニ持。 「流石知恵大一の。」(㋯右ヨリ左リ廻リ、橋懸リヘ行。) 「今少し急申そふ。」(㋯是迄、三ノ松迄行留ル。) 「隣は人りん。」(㋯見廻ス。) 「谷峯はるかに。」(㋯下ヲ見、上ヲミル。) 「住そふな山じやよ。」(㋯ト云乍、舞台へ出ル。) 「又此片原の紅葉は。」(㋯ト、作リ物ヲ見ル。) 「いや大方爰許。」(㋯シテ柱ノ先ヘ出、ワキ正面ヨリ見廻シ、ワキヲ見付ケ。) 「いかに。」ト云、ワキノソバヘヨリ。) 「則御釼を。」(㋯ト云乍、ワキノヒザノソバヘ太刀ヲ置。後戻リ乍、扇ヌキ、右ニ持。) 「心得候へ〳(●)〵。」(㋯ト拍子一ツ。) 羅生門 一人、或ワ二人。〈橋弁慶〉同断。尤早鼓。 「其儘岩(〇①)へ御帰り。」 「急いで参ふ。」(㋯右ヨリ左ヘ廻ル。) 「願ふと存る。」(㋯是迄ニ廻留リ。) 「其皆の。」(㋯ワキ正面ヲ向テ。) 「其分。」(㋯左リヨリ右ヘ見廻シ、ワキ正面ヲ向トメル。) ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「宿」。 同 二人間 立形〈橋弁慶〉同断。 「者にて候。」ツレ「えへん〳〵。」セリフ〈橋弁慶〉同断。 語○此印迄前同断。 「宿(〇)へ帰られ。」 「向ケて行。」(㋯ト云乍、廻ル。) 「いざおりやれ。」 「其通りじや共。」(㋯元ノ如ク留リ。) 「成らぬ程に。」(㋯「来た程」ニトモ。) 「戻ると云へば。」ト云捨テ、逃入ル。 「やい〳〵先待〳〵。」(㋯ト云乍、シテ柱ノキワ迄、追欠行。) 「はて扨。」(㋯正面ヲ向、シテ柱ノ先ニテ。) 「某は行ふか。」(㋯ト云少シ先ヘ出。) 「戻るぞ〳〵。」ト云乍、入ル。 現在鵺 二人。早鼓ニテ出。〈橋弁慶〉同断。 「者にて候。」ツレ「えへん〳〵。」 セリフ〈橋弁慶〉同断。「いや其許に。」(㋯ワキ正面ヲミテ。) 熊坂 初同ニテ出、太コザニ居ス。立形、二番間((ママ))ノ間同断。 鐘馗 立形〈熊坂〉同断。 「御通り有る人ぞ。」セリフ二番目ノ如。 張良 竹杖ツク、早鼓ニテ出、シテ柱ノ先ニテシヤベル。 「急で参ふと存る。」(㋯ト云乍、少シ先ヘ出。) 「其皆の云は。」(㋯ワキ正面ヲミテ。) 「其分。」(㋯左ヨリ右へミ廻シ、ワキ正面ヲ向トス(①)ル。) ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「メ」。 藤渡 脇、次第ニテ出ル。跡ニ付出、太コザニ居。当時ハ初ノフレナシ。ワキノ者ニテ済ム。ワキ連、太刀持也。大夫女、入前ニワキ呼出ス。 「畏て候。」ト云、シテノ後ロヘ行キ、下ニ居テ腰ニ手ヲ付。「旁の。」 「ちやれ。」ト差(①)、引立連行乍。「皆人の。」 「候へや。」ト云迄ニ、シテヲマクヘ送リ入、シテ柱先ヘ行、シヤベル。「扨も。」 「あれへ罷出ふと存る。」ト云、ワキノ前ヘ行、下ニ居テ。「扨も。」 「あれかしと存る。」此間ニ楽器ノ詞有之候得共、当時諸流共無之候ニ付、相除キ認不申候。 「畏て候。」ト云テ、ワキ正面ヘ行。 「やあ〳〵。」 「心得候へ〳〵。」初触有之時ハ、脇ノ儘ニテ出候得共、当時フレ無之候ニ付キ、初同ニテ出、中入後、同音ニ成リテ入ル也。 ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「云」。 三山 ワキ道行ノ内ニ出、太コザニ居ス。ワキ道行過、狂言時(①)出ス。一ノ松ニ立テ。 「御(●)用の。」 「心得申候。」ト云、又座シテ、中入過、シテ柱ノ先ニテ立テ、シヤベル。但シ、語間ノ時ハ●此印ノ所「尤に候」ト云ガヨシ。 「最前小原の。」 「申子細は(△)。天照。」(㋪「不便なりと思召夫(○)より」。) 「皆々其分。」(㋯見廻ス。) 「心得候へ〳〵。」ト云、引テ座ス。後ニテ入ル也。 ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「呼」。 同 初出所、右ノ通リ。ワキ道行過、教へ等右ト同シ。中入過、シテ柱ノ先ニテ。 「参りて見。」(㋯ト云乍、先キヘ出ル。) 「いや未是に。」(㋯ワキヲミテ。) 「心得申候。」ト云、ワキノ前ヘ行、座シテ。 「にて候ぞ。」此所セリフ常ノ通リ。 「先南に。」 「申子細は。」△○此印ノ間右ノ通也。「夫より」 「かしと存候。」此跡常ノ通リ。後同ニテ入ル。 求塚 初同ニテ出、太コザニ居ス。中入過、シテ柱ノ先ニテナノル。 「かしと存る。」後常ノ通リ、引テ座居。後同ニテ入ル也。 当麻 立形出入、右同。 「たるぞ。」セリフ常ノ通リ。 須磨源氏 立形出入、右ニ同。 「給ひたるぞ。」セリフ常ノ通リ。 「かしと存る。」跡常ノ通リ。 吉野天人 出入右ニ同。中入過、シテ柱ノ先ニテシヤベル。 「女性の見へし程に。」(㋯「いか成者ぞと不審をなし申されければ」)「我上界の。」 「心得候へ〳〵。」ト云、引テ座ス。後同ニテ入ル。 第六天 シテ中入、来序。末社。来序ニテ出、シテ柱ノ先ニテシヤベル。 「其分。」見廻シ。 雑能門((ママ))六 項羽 大瓶猩々 同来序 錦戸 夜討曾我 阿漕 野守 殺生石 天鼓 絃上 春日龍神 シヤベリワキ応答 同来序 鉢木 シヤベリ供      蘆刈 雲林院 遊行柳 三輪 龍田 女郎花 船橋 融 海人 梅枝 錦木 葛城 龍虎 シヤベリ脇応答 松虫 忠信 大蛇 豊干 六 項羽 立形〈鐘馗〉同断。 「御事にて候ぞ。」セリフ常ノ如。 大瓶猩々 同乱序 「出られ候へ〳〵。」右ノ乱序間ハ、常ノ猩々ノ間ニ候へ共、観世流〈大瓶猩々〉当時乱序有之候ニ付、右ノ間ヲ用候テモ可然。 錦戸 「御前に候。」 「畏て候。如何に此内へ案内申候。」 「和泉の三郎殿の御座候か。錦戸の太郎是迄参られて候。」 「心得申候。其由申て候へば。此方へ御入あれとの御事に候。」 文使    間 〈羅生門〉ノ如二人出ル。 「一手柄致そふと存る。」ト云乍、急グテイニテ、キヲウテ入ルガ由。 夜打曾我 ツレ弓矢ヲ持。尤矢ヲツガヘ、弓ヲ張持ツ。ヲモ鑓ヲ持。ツレ先ヘ立ツ。ヲモアトヨリ出ル。早鼓也。幕上ルト、トントント二ツ一所ニ拍子。 「やるまいぞ〳〵。」 「逃(ノガ)すまいぞ〳〵。」ト云乍、舞台一ペン廻ル。尤何べンモ云。 「又其声の高いは。」(㋯ヲモワキ正面ヲミテ。) 「しのげ〳〵。」(㋯ト云乍、入ル。) 「かゝれ〳〵。」ト云乍、入ル。 阿漕 初同ニテ出、太鼓座ニ居ス。中入過テ、シテ柱ノ先ヘ立ツ。ワキ男ニテスル時ハ「いや是成御方は。」ト云。 「御越成されたるぞ。」セリフ常ノ如。 「かしと存る。」此跡、常ノ通リ。 野守 此所〈阿漕〉同断。 「御越なされたるぞ。」セリフ常ノ通リ。 「かしと存る。」此跡、セリフ常ノ如。 殺生石 ワキ、次第ニテ出ル。其跡ニ付出ル。尤、払子ヲカタゲ、出ル。太コ座ニ居、ワキ次第、道行過テ、一ノ松ニ立。 「いや、ありや〳〵 〳〵。」(㋯作リ物ヲミテ。) 「申てござる。」ト云、太コザニ居ス。中入過テ、シテ柱ノ先ヘ立ツ。 「先あれへ罷出ふと存る。」ト云、ワキノ前ヘ行、下ニ居テ。 「通り申上ふずる。」ト云テ、正面ヲ向、語出ス。 「参らせふずる。」ト云テ、太鼓座ヘ行、払子持出、ワキノ前ニ置、跡ヘノキ下ニ居テ。 「添へ申そふずる。」ト云テ、引居テ、能済テ、ワキノ跡ヨリ入。 天鼓 出所〈野守〉同断。中入前ニワキ呼出ス。 「畏て候。」ト云、シテノ後ロヘ行、下ニ居テ、腰ニ手ヲ掛、「荒。」 「先立申されよ。」ト云、引立、連行乍。 「皆々人の親は。」 「帰られ候へや。」ト云乍、送ル。〈藤戸〉同断。 「罷出ふと存る。」ト云、ワキノ前ヘ行居ス。 「扨も。」 「畏て候。」ト云立テ、ワキ正面ヘ行。 「やあ〳〵。」 「心得候へ〳〵。」ト云、太コ座ヘ行居ス。後シテ出、地ヘ取リテ入ル。 絃上 来序ニテ出ル。 春日龍神 初同ニテ出、太コザニ居ス。中入過テ、シテ柱ノ先ヘ立、シヤベル。 「有間敷との御事に候夫(○)に付。」 「心得候へ〳〵。」ト云、引居ス。後シテ出、地取テ入ル。 同 脇セリフノ時 ○此印迄前ノ通リ。 「○夫に付今日 先あれへ参り見申そふずる。」(㋯ト云乍、ワキヲミテ。) 「いや是に御座候よ。」ト云、ワキノ前ヘ行、下ニ居。「此程は。」 「心得申候。」ト云立テ、ワキ正面ヘ行。「やあ〳〵。」 同 乱序 鉢木 太夫、ワキ、早鼓ニテ入ル。竹ツキ、早鼓ニテ出ル。シテ柱ノ先ニテ名ノル。 「早〳〵参りて御感に。」(㋯右ヨリ左ヘ廻ル。) 「推量仕た。いや。」(㋯シテ柱ノ先ヘ廻リ、トマリ、ワキ正面ヲミテ。) 「是かう戻ふ。」(㋯後ヘ行フトシテ、又正面ヲムク。) 同 供 ワキ、二階堂ノ跡ニ付、笛座ノ上ニ居。二階堂呼出ス。 「畏て候。」ト云テ、正面ヘ出。 「扨も〳〵。」 「卯ノ花威。」(㋯ト云乍、左ヨリ右ヘミ廻シ。) 「又あれに。」(㋯正面ヲミテ。) 「仰付られた武者は。」(㋯ト云乍、ミ廻シ、シテヲミテ。) 「如何に申候。」シテ、シカ〳〵。 「二階堂の。」 「心得申候。」ト云、笛座ノ上ニ居ス。 右ハ観世流会釈也。外流儀ニテハ少シ違フ。聞合ベシ。 芦刈 ワキ道行ノ内ニ出、太コザニ居ス。道行過テ、詞アリテ、一ノ松ニ向イ、呼出ス。一ノ松ニ立テ。 「尤に候。」ト云、立イル。ワキ、シテヅレ、シカ〳〵有リ。又来リ、一ノ松ニ向。 「是に候。」 「左あらば号御通り候へ。」ト云、シテ柱ノワキヘ出、幕ヘ向。 「如何に。」 「狂ひ候へ〳〵。」ト云、太鼓座ニ居ス。太夫物着ノトキ、シテ柱ノ先ヘ立テ。 「最前の。」 「と存る。」ト云、ワキノ前ヘ行テ居リ、「是は。」 「其通りを申そふずる。」ト云、立テ、太コノ前アタリ行、居シテ、「いかに。」 「御事に候。」ト云、太コザニ居ス。地取リ入ル也。 雲林院 初同ニテ出、太コ座ニ居。中入過テ、シテ柱ノ先ニ立ツ。 「花見にて候ぞ。」セリフ三番目ノ間同断。 「かしと存る。」此跡、常ノ如。 遊行柳 出所、前ノ如。 三輪 出所、右同断。 「参り着きて候。あら不思義や。」(㋯ト云迄ニ、少シ正面ヘ出、作リ物ニ向イ、衣ヲミテ。) 「有のまゝに。」ト云乍、右ヨリ左ヘ廻リ。 「まいと存る。」(㋯ト云、ワキノ前ヘ行居リ。) 「唯今。」 龍田 立方出所、右同断。 「かしと存る。」此跡、常ノ通リ。 女郎花 立形出入、右同断。 「かしと存る。」是ヨリ跡、常ノゴトシ。 船橋 立形出入、右同断。 「かしと存る。」此跡、常ノ通リ。 融 立形出入、右同断。 「かしと存る。」此跡、常ノ通リ。 海人 初同ニテ出ル。太鼓座ニ居ル。太夫中入過テ、ワキ、シ(①)柱ノキワ迄来テ、呼出ストキ、一ノ松ニ立。 「此所の者。」 「心得申候。」ワキ元ノ座ヘ行居ス。直ニワキノ前ヘ居リ。 「此海人野の里の者お尋は、如何様成る御用にて候ぞ。」脇能ノセ(②)リヲ云。 「相触申そふずる。」ト云、立テ、ワキ正面ニテ、「やあ〳〵。」 「其分心得候へ 〳〵。」(㋯左リヨリ右ヘ見廻ス。) ト云、引居ル。後同ニテ入ル。 ①「テ」脱。 ②「フ」脱。 梅枝 立形出入、〈雲林院〉ノ通リ。 「かしと存る。」跡、常ノ通リ。 錦木 立形出入、右ニ同。 「被成たるぞ。」セリフ常ノ通リ。「かしと存る。」後、常ノ通リ。 葛城 立形出入、右ニ同。 「かしと存る。」跡ノ((ママ))常ノ通リ。 龍虎 竹杖ツキ出、シテ柱ノ先ニテシヤベリ。 「構へて其分心得候へ〳〵。」(㋯左ヨリ右ヘ見廻ス。) 同 初同シテ出、太コザニ居ス。中入ニテ、シテ柱ノ先ニ立、名乗ル。 「見申そうずる。」ト云、ワキノ前ヘ行、座シテ。「是は。」 「人にて候か。」 ワキ「参ン候。是は日本より此所へ渡りて候。御身は此所の人にて候か。」 「中々。」 「仰付られふずるにて候。」 ワキ「左様に候はゞ是より渡天の道を教て給り候へ。」 「某は。」 「思召御留りあれかしと存る。」 ワキ「念比に御教祝着申候。我若年の時より仏法修行の志有るにより、日本をば不残見廻り、渡天の望候間、此所に来、身命を仏力に任せ参ばやと存候。又あれ成竹林に俄に雲の掛り候間、不審に存、山人に尋て候ヘば、龍虎の戦ひ有由申候間、暫く逗留申そうずるにて候。」 「言語同((ママ))断。」 「あれかしと存る。」 ワキ「先々龍虎の戦を見物申そふずるにて候。」 「何にても。」 「承らふずる。」 ワキ「頼候べし。」 「心得申候。」ト云、引、座ス。後同ニテ入ル也。 松虫 立形出入、右ニ同。 「希な事でこざる。」ト云、ワキノ前ニ座シテ、「唯今。」 忠信 早鼓ニテ鉾ヲ持出、シテ柱ノ先ニテシヤベル。 「是皆々其分。」(㋯見廻シ留ル。) 「心得候へ〳〵。」ト云、入ル也。 大蛇 シテ来序ニテ入ル。来序直リニテ出、シテ柱先ニテシヤベル。 「其分。」(㋯見廻シ。) 「心得候へ〳〵。」 豊干 中入、来序ニテ、三人、或ハ五人出ル。ヲモ舞台真中ニ立、ツレ左右ニ立ツ。〈大会〉ノ如。 「木の葉天狗にて候。」 ツレ「えへん〳〵。」此所跡〈大会〉同断。 「先唐土の。」 「面々如何にならふと思ふぞ。」此所ノ詞〈大会〉ノ通リ。 ヲモ「仏法の妨に天狗は寄合て。」 「〳〵。摩の来迎を」(㋯太コ打切。皆々) 「帰りけり。」扇シマイ入ル。ツレ皆々ツヾキ入ル也。 (芦刈) 「お見舞申て候。又最前日下の左衛門殿を─」「中々。驚入申て候。」「又此所は歌の名所と候間、歌物語有て御聞せ候へ。」 「参ン候、此所は歌の名所にて候。夫に付我等の様成ル─」 「いや〳〵左様にては候まじ。物の名も所によりてかわり候よ。難波の芦はいせの浜荻とかや承て候よ。」 「何と難波の芦は伊勢の浜荻との。実々是が本歌にて御座有らふずるにて候。」 「夫左衛門殿にゑぼし直垂を召れ候間、是へ御寄あれと御申候へ。」「さあらばあれへ参る─」 芦刈 春藤流セリフ 「所の人の渡り候か。」 「此所におひて日下の左衛門殿と申御方の候はゞ教て給り候へ。」 「御教へ祝着申て候。去る御方を伴ひ申て候間、其由を申さうずるにて候。暫御待有て給り候へ。」 「最前の人の渡り候か。」 「其由申て候へば暫逗留候ひて左衛門殿の御行ゑを御尋有ふずるとの御事にて候。夫に付此所におひて何にても面白き事の候はゞ見せて給り候へ。」 「左あらば其芦売男を見せて給り候へ。」中入後「旁御申の如く左衛門殿の御行ゑ知れ祝着申て候。是と申も旁の御引合せ故と存候。」 「左あらば歌物語有ツて御聞せ候へ。」(㋯此文句抜申候事。) 「いや〳〵左様にて候候((ママ))まじ。物の名も所によりて替りけり。難波の芦は伊勢の浜荻とこそ承りて候。」 「いか様、旁も伴ひ申さうずる。又左衛門殿に烏帽子直垂を召れ候はゞ、急ぎ御参りあれと御申候へ。」 右ハ天保十二酉年十月十三日、田安御殿ニ而 民部卿様御相手ニ而春藤源七郎ト初而立合候故留置候也。 小塩 浮船 玉葛 山姥 雲雀山 大仏供養 盛久 草薙 シヤベリ語     愛宕空也 三笑 合浦 小原御幸 住吉詣 鷺 双紙洗 砧 恋重荷 綾鼓 千引 常陸帯 弱法師 護法 満仲 鶏龍田 鳥追舟 室君 高野物狂 加茂物狂 籠祇王 関原与一 二人静    雑能七 小塩 初同、片幕ニテ出。礼アリテ太コザニ居ス。中入過テ、シテ柱ノ先ニ立。 「花見にて候ぞ。」セリフ三番目ノ通リ有リテ、少正面ヘ向、語ル。 浮船 立形、右同断。 「たるぞ。」セリフ、常ノ通。 玉葛 山姥 ワキ、次第、道行ノ内ニ片幕ニテ出。太コザニ居ス。道行過、詞アリテ、ワキ案内乞間、一ノ松ニ立。 「尤に候。」一ノ松ニ立イル。ワキ連トシカ〳〵有テ、又狂言ヘカヽル。 「成されうずる。」ト云テ、シテ柱ノ先ヘ出ル。ワキ連ニ向ヒ、「サアラバ御立有フズルニテ候。」ト云、連立時、「御覧。」 「前後を弁ず候。」ワキ詞アリ。太夫呼カケ、「のふ〳〵お宿まいらせふのふ。」ト云時、「いやあれ。」(㋯幕ノ方ヲミテ。) 「借せられ候へ。」ト云捨テ、太鼓座ヘ行居ス。中入過、シテ柱ノ先ニ立。 「扨も〳〵。」 「と存る。」ト云、ワキノ前ヘ行居ス。(㋪「△扨唯今は何と。」) 「心得申候。」太鼓座ヘ引、後シテ出、初同ニテ入。 「扨(△)是成はいか様成御方にて候ぞ。」ワキヨリ「百麻山姥と云遊君成。」と云、セリフアリテ、「扨は是成は天下に隠れなき。」ト云。云合ヨリ如斯。 雲雀山 シテ中入アリテ、ワキ次第ニテ出ル。右ニ付出、太コザニ居ス。ワキ、次第、道行過テ、呼出ス。 同 ワキ呼出ナキ時ハ竹杖ニテ、脇道行過、ツ(①)レ拵ルト出、シテ柱ノ先ニ立シヤベリ。 「心得候へ〳〵。」ト云、触テ入ル。 ①「ツレ拵」は水野文庫蔵『鷺流間の本』では「腰カク」。 大仏供養 シテ中入、早鼓ニテ入。竹杖ツキ、早鼓ニテ出、シテ柱ノ先ニテ。 「心得候へ〳〵。」ト云、触テ入ル。 一右之外ニ社僧之間有之候得共、文句不釣合故、右之方宜敷。乍然、中入後シテ物着之処ニテ間有之候ハヾ、社僧之方宜敷カ。 盛久 初同ニテ出、太コザニ居ス。シテ物着ニテ、ワキ呼出ス。 「畏て候。」シテ柱ノ先ニ立。 「扨も〳〵。」 「主馬判官盛久は囚(○)人と」 「申そふずる。」ト云、シテ柱ノキワニ下ニ居テ、シテノ方ヘ向。 「御錠にて候。」ト云ハナシ、太コザニ居ス。地トリニテ入ル。 脇呼出無時ハ左之通。「扨も〳〵。」 「出ふと存る。」ト云、ワキノ前ヘ行座ス。 「なく候か。」ワキセリフ。 「畏て候。」ト云、立テ、シテ柱ノキワヘ行、下ニ居テ、初ノ通リシテヘ向イ、「いかに盛久へ申す。」詞前のごとく。 草薙    同 語 「参り。」 「ばやと存る。」ワキノ前ヘ行、座ス。 「迷惑仕候。」セリフ常之通リ。 愛宿((ママ))空也 初同ニテ出、太鼓ザニ座ス。シテ中入過、シテ柱ノ先ニ立。 一 右之間、乱序ニ而、能力ニ候得共、喜多流乱序無之候ニ付、右ノ通相改、長上下ニ而シヤベリニ致候事。 三笑 口明。シテ柱ノ先ニ立。能力出立、扇持。 一 右之間、流儀ニハ無之候処、宝生流口明無之候而共(①(ママ))、難相成候由、則右之口明文句彼方ニ而出来。矢田清左衛門座付之儀ニ候故、相勤申候事。 ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「者」。 合浦 釣棹ヲ肩ゲ、ワキ名ノリアリテ、座ニ着。釣人出、シテ柱ノ先ニ立。 「釣を垂れう。」ト云、目付柱ノ下ノアタリ、ワキ正面ノ方ヘ向、棹ヲオロシ、釣アイアリ。 「したゝかな物じやは。」(㋯釣棹下ニ置、扇ヒラキ、魚ヲノセタルテイ。) 「見せませふ。」ト云乍、シテ柱ノ方ヘ行フトスルトキ。 「のふ〳〵夫は何と申物にて候ぞ。」ト云時、釣人ワキノ前ヘ下ニ居テ。 「我等も。」 「御座なく。」 ワキ「唯はなし候へ。」ト云。 「いや〳〵。」 「見せませふ。」ト云、立フトスル。ワキ又詞アリ。 「急で放ませう。」ト云、立テ、ワキ正面元ノ所ヘ放ステイヲシテ、「しい〳〵〳〵。」ト云乍、手ヲタヽキナドシテ云。扨、詞アリテ、釣棹ヲカタゲ、ワキノ前ヘ行、下ニ居テ。「放し申て候。」ワキ「夫は祝着申候。さらば家居に帰らふずるにて候。」ト云、釣人直ニ入ル。 同 鱗 中入乱序ニテ出、シテ柱ノ先ニ立ツ。 「誠にしんあれば。」(㋯右ヨリ左ヘ廻ル。) 「併どこ許。」(㋯ワキ正面ニ立、ワキヲミテ。) 「心得候へ〳〵。」●拍子一ツ。 小原御幸 脇連大臣名ノリ過テ、呼出ス。 「畏て候。」脇連、幕ヘ入ル。ワキ正面、シテ柱ノ先ニ立。 「心得候へ〳〵。」ト触テ、直ニ幕ヘ入ル。 住吉詣 ワキニ付出ル。名ノリ過テ、呼出ス。 「畏て候。」立テ、シテ柱ノ先ニ立。ワキハ太コザニクツログ。「心得候へ〳〵。」ト触テ、幕ヘ入ル。 鷺 口明(アケ)。囃子方座ニ着、其侭出、シテ柱ノ先ニ立ツ。 双紙洗 初メワキ名ノリ過テ、クツロギ、シテ出、謡アリテ中入。ワキ呼出ス。 「あろくらんと聞て候。」ワキ詞アリテ、中入スル。シテ柱ノ先ニ立、シヤベリ。 砧 初メワキ出、シテ連出ル。ワキ中入有リ。シテ出、初同ニナリ間出、太コザニ居ス。シテ中入過、間シテ柱ノ先ニ立。 「成され候へ。」ワキ出、「砧をば其儘置てあるか。」ト云時ハ、「中々置申て候。」ト云、太コザヘ行。右詞ナキ時ハ、其儘引テ座ス。イヅレ云合次第タルベシ。 恋重荷 初ワキナノリ、ワキニ付キ出ル。ナノリ長キ故、太コザニ居テモ宜ク、ワキナノリ過テ、呼出ス。 「畏て候。」ト云テ、立テ。 「先急で。」(㋯ト云乍、左ヨリ右ヘ廻ル。) 「いや参る程に。」(㋯幕ヘ向イ。) 「渡り候か。」シテ出、詞アリ。 「出られ候へ。」シテ「畏て候。」ト云間、ワキノ前ヘ行。 「召て参て候。」ト云、太コザヘ引。シテ中入過、シテ柱ノ先ニ立ツ。 「様子を見申そふずる。」ト云乍、少先ヘ出、重荷ヲ置タル処ヲミテ。 「此由申上ふ。」ト云、ワキノ前ヘ行、座シテ。 「いかに申上候。」 「かしと存る。」ト云、引也。 綾鼓 立形、〈恋重荷〉同断。 「畏て候。」立テ、幕ヘ向。 「急で参り候へや。」シテ幕ヲハナレルト。 「いや是参りて候。其由申上ふずる。」ト云、ワキノ前ヘ行、座ス。 「是迄参りて候。」ト云、太鼓ザヘ引。中入過、シテ柱ノ先ヘ立テ。「最前お庭。」 「申上ふと存る。」ト云、ワキノ前ヘ行、座ス。 「尤に候。」ト云、太鼓座ヘ引、供ニテ無之。長上下ノ時ハ、ワキナノリノ内ニ、片幕ニテ出ル。但シ、宝生流橋懸リニ而、名乗ル。 千引 ワキノ供、太刀持ニテ出、名乗リ過テ、呼出ス。 「畏て候。」ト云立テ。 「一段の事を仰出された。急で相ふれ申そふずる。」ト云、連女ニ向ヒ、「何方から。」 「又外を相触申そふずる。」シテ柱ノ先キ、ワキ正面ヲ向。 「心得候へ〳〵。」ト云、太鼓座ヘ引、シテ出。中入過、シテ柱ノ先ニ立。「是はいかな。」 「其分心得候へ〳〵。」ト云、笛ザノ上ヘ行、居ス。石引、ヲモ一人出、シテ柱ノ先ニテ名乗ル。 石引「是は此。」 「皆居さしますか。」(㋯幕ヘ向イ。) 「おじやれ〳〵。」石引、四五人出ル。 「何れもを。」 「心得た。」ト云、皆々ワキ正面ニ立。ヲモハ、地謡ノ方ニ立ツ。 「おりやれ〳〵。」ト云乍、廻ル。皆々跡ニ付廻ル。 「いや何かといふ内に是じや。」(㋯元ノ如ク立ナラビ、石ヲミテ。) 「是は一段とよからふ。」ト云、太鼓座ヘ綱ヲトリニ行、持出テ、作物ニ付ル。 ヲモ「さらば一段とよかふ。」 「ゑいさら 〳〵 〳〵。」ト、ツ(①)ト皆綱ニ下リ付引。ヲモハ、扇ニテ手拍子ヲ取テ、ノリ乍、「ゑいさら〳〵。」ト云、二三ベンモ云テ。「いかな〳〵。」 「心得た。」又始ノ如く「えいさら〳〵。」ト云、二三ベンモ引ト、ツレ女立テ、「わらは一人にて石を引うずるにて候。」ト云、皆々ヤメテ。「心得た。」ト云、皆々下ニ居。ヲモハ、太刀持ノ方ヘ向云フ。 「いかに申。」 「何事にて。」(㋯太刀持立テ。) 「心得た〳〵。」ト云乍、皆々入ル。太刀持、ワキニ向イ云。「いかに申上。」 「尤に候。」立テ、シテ柱ノ先ニテ。「やあ〳〵。」 「のき候へ〳〵。」ト云、太鼓座ヘ行。 ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「ツレ」。 常陸帯 ワキノ供、太刀持ニテ出ル。脇、名乗過テ、呼出ス。 「其分心得候へ〳〵。」ト云、太コザヘ行、居ス。シテ出、中入来序。 間社人、来序ニテ出、シテ柱ノ先ニ立。「呼出し申そふ。」ト云、幕ヘ向イ。 「皆居さしますか。」社人、ツレ三四人出ル。 「何事で。」 「心得た。」皆舞台ヘ出、作物ノ方ヘ向ヒ。 「よふおりやらふ。」ト云、皆々作物ヲ輿ノ心ニ、皆ソバヘヨリ上ルテイヲスル。 「えいや〳〵。」ト云乍、上ルテイヲスル。 「よふおりやらふ。」 ヲモ「ゑいや〳〵。」 ツレ「ゑいや 〳〵 〳〵。」 ヲモ「えいとう〳〵。」 皆々「えいとう〳〵。」 ヲモ「さいやう〳〵。」 皆々「さいやれ〳〵。」 ヲモ「此えいや〳〵。」 皆々「えいや〳〵。」ト云、始メ通上ルテイ、勇ミテスル。ツレ皆々「心得た〳〵。」ト云乍、ツレ皆々入ル。ヲモ、ワキヘ向ヒ。「御覧候へ。」ト云テ直ニ幕ヘ入ル。 弱法師 初メワキニ付出、太鼓ザニ居ス。ワキ名ノリ過、呼出ス。 「畏て候。」ト云立テ。 「心得候へ〳〵。」ト触テ、太鼓座ヘ行ナリ。切ニサソイ有之候故、長カミ下ニテモ、本幕ニテ出ル。切ノ謡「あけぬさきにもいざないて。」ト云時、ワキ宝生流ハ扇ニテ間ノ方ヲサストキ、間出テ、シテヲツレ入ル也。福王流ニテハ、シテヲツレ、シテ柱ノアタリ迄来ルトキ間立テ、シテヲツレ入ル也。イヅレトクト云合可然。 護法 ワキ、ナノリアリ。道行内ニ、片幕ニテ出、太鼓座ニ居ス。道行過テ、呼出ストキ、一ノ松ニ立ツ。 満仲 初ニ満仲ノ供ニテ出ル。太刀持。謡「我子を夢に成シニケリ〳〵。」ト云時。 「納め申そふずる。」 「更ば死がいを納め候ヘ。」 「畏て候。」カウジユ丸ヲ小袖共ニ切戸ニ入ル。シテ呼出ス。 「御前に候。」 シテ「汝は美女御前の御供申。えい山のあじやりに参。美女御前の御事頼申由申候へ。」 「畏て候。先御立。」 鶏龍田 ワキ連男、平岡何某、供ニテ出ル。 「土産に致そふ。」 「とゝ〳〵〳〵。」ト云乍、鳥ヲトラヘルテイアリ。 「見事な鳥哉。」 シテ中入有テ、ワキ「先々支度に帰らふずるにて候。」 鳥追船 シテ中入アリテ、ワキツレ日暮ノ何某、次第ニテ出ル。間右ノ供ニテ出ル。ナノリ過、呼出ス。 「畏て候。」ト云、立テ、ワキ正面ヘ向。 「其由を申上ふ。」ト云、ワキニ向。 「尤に候。」ト云、太鼓ザヘ引居ス。 室君 初メワキニ付出、太鼓座ニ居。ワキ名ノリ有、呼出ス。 「御前に候(サムラウ)。」 「心得申候。」立テ、ワキ正面ニテ。 「心得候へ〳〵。」ト云、太鼓ザヘ引居ス。古本ニハ此跡少〳〵詞、会釈有之候へ共、当時触斗ニ而、相済候故略之。号(①)ヘ初ノワキ呼出モ無之事モアリ。其時ハ立テ、フレ斗ナリ。 ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「且又」。 高野物狂 初シテ次第アリ。名乗済テ、正面ニ下ニ居テ、謡アリ。右謡済ギハニ、間文ヲ持、幕ヨリ出。諷済ト、シテ柱ノ先ニテ。 「是は高師の。」 「いや是に。」(㋯先ヘ出、シテヲミテ。) 「御座候よ。」シテ右ノ方ニ下ニ居テ。 「急で御覧候へ。」ト云、文ヲワタス。 「心得申候。」ト云テ、直ニ入ル。 加茂物狂 始脇出、シテ出テ、問答アリ。初同ニ成、間出、太鼓座ニ居ス。シテ中入アリテ、男二人、次第ニテ出ル。次第、ナノリ過テ、ツレ男カヽル。 「此隣の者。」 「心得申候。」ト云、太鼓座へ引居ス。 籠祇王 関原与一 初シテ、供侍。次第、サシ謡。道行、美濃ノ国山中ニツク。シテト侍、少詞アリ。シテノ詞ニ「さらば深う忍うずるにて有ぞ。此方へ来候へ。」ト云時、間立。 二人静 籠祇王 脇粉河ノ何某、狂言供ニテ出ル。名乗リ過テ、呼出ス。 「御前に候。」 「畏て候。」ト云、座ニツク。福王ニテハ案内乞。 「誰にて渡り候ぞ。」 「申給ふは去事なれども、囚人に対面は賢き法度なれば、中々思ひも寄らず候。」(㋯「思ひ乍叶ひ申まじ。」トモ) 「常の女人に替りたるとは、いか成人にて渡り候ぞ。」 「何と祇王と云人にて有が、父に逢せてくれい。面白ふ舞を舞ふて見せう。夫ならば暫く御待あれ。御機嫌を以て窺ひ申そふずる。」 「如何に申上候。都に隠れなき、祇王御前と申遊女是へ下り、牢舎の父に逢度由申候を、中々成間敷と荒気なく申て候へば、父に御逢せあらば、面白ふ舞を舞ふて見せうと申され候が、何と仕ふずる。」 「畏て候。」 「一段の御機嫌に申合た。」 「最前の由申上候へば、面白ふ舞を舞れてならば、逢せ申せとの御意にて候間、号々御通り有つて父御に御逢ひ候へ。」 脇「籠舎ノ父を誅致候へ。」ト云時、狂言作物ノ戸ヲ明、父ノ手ヲ取出、正面ヘヲク。 「旁のなげき程は推量致たれ供、早帰らぬ事なれば、此上は万事を思ひ切り、最期にみれんを出さずに、兎角後世を助かる様にさしますが専でおりやる。」ト云捨テ、入テナリ。 遺形書  四 鶴亀 皇帝 感陽宮 邯鄲 班女 吉野静 船弁慶 安宅 西行桜 三井寺 舎利 黒塚 藤栄 花月 百万 自然居士 東岸居士 富士太鼓 善知鳥 籠太鼓 藍染川 小督 放下僧 烏帽子折 接待 家来 鶴亀 口明ケ。囃子方座着。作物出ルト、其侭出、シテ柱ノ先ニ立。 皇帝 口明同断。 感陽宮 口明同断。 「其分心得候へ〳〵。」太鼓座へ引居ス。シテ、連女出、謡アリテ。一セイニテ、ワキ二人出。道行、名乗過テ、カヽル。官人立テ、シテ柱ノキワニ立ツ。 「奏聞。」 「夫に暫御待候へ。」ト云、大臣ニ向、居シテ云。「如何に。」 「畏て候。」ト云、跡へ寄、ワキ呼出、下ニ居、待ツ。 「御前に候。」 「畏て候。」立テ、ワキニ向イ。 「某預り申そふずる。」ワキクツロギ、ツレ、ワキト詞有。剱ヲトル。右ノ内、官人モ下ニ居ルガヨシ。剱ヲ一所ニシテ、官人ニワタス。 「某預り申そふずる。」ト云、ケンヲトリ、ワキ詞アリ。「是より。」 「御登り候へ。」ワキ答ヘナシ。官人、剱ヲ後見ザニヲキザス。 邯鄲 口明ケ、右同断。但シ、枕左ノ手ニカヽヘ持テ出、台ノ上ニ置テ、シテ柱ノ先キヘ戻、立ツテ名ノル。 「此方へ御入候へや。」ト云、太鼓座へ引座ス。シテ、次第、道行過テ、名乗アリ。カヽル。但、橋掛リニテ、次第、道行、一ノ松ヨリカヽル事モアリ。「誰にて。」 「召され候へ。」シテ、舞台へ出ルアイダニ、後見ヨリ受取、持出。腰カケサセ、シテノ右ノ方ヘ行、下ニ居テ。「扨是は。」 「大床に御座候。」ト云乍、枕ヲミテ、シテ詞云乍、腰ヲハナルヽ。 「其間に。」 「拵へ申そふずる。」ト云乍、セウギヲトリ、後見ヘ渡ス。シテ、夢ノ舞楽過テ後、諷「ねむりの夢は覚めにけり。」ト謡ふ内、女立テ台ノキワ迄行、扇ニテ台ヲタヽキ詞云。 「御昼なり候へ。」ト云、直ニ立テ幕ヘ入ル也。 班女 口明。囃子方、座ニ着ト、其儘出、シテ柱ノ先キニ立。 「申渡さふと存る。」ト云、幕ヘムカイ。「如何に。」 「出られ候や。」シテ出ルヲミテ。 「早ふ歩ませ。」シテ舞台ヘ出ルマデ、相応ノ詞、右ニ准ジ云。シテ下ニ居ル。女脇ノ方、シテノ右ニ立、シテ持タル扇ヲトリ乍。「此扇に。」 「の腹立や。」(㋯拍子フミ。) 「腹立やの〳〵。」ト云乍、入ル。但シ、ワキ高安流ナラバ、跡ニ会釈イ有ル故、太コザヘ引居。シテ中入過テ、ワキ次第、名乗アリテ、脇連ニ「花子尋て来り候ヘ。」ト云付ル。ワキ、ツレ、カヽル。女、一ノ松ニ立。 「誰にて渡り候ぞ。」 「参ン候。これは此家に住申されたるが。長と不和成る事有りて。今は当所には御座なく候。」 「尤に候。」ト云、太コザヘ引居、能済テ入ル。 吉野静 初メ囃子方、座着。脇出、名乗テ、クツログト、能力二人、扇ヲ貝ノ心ニ吹クテイヲシテ、「つうわい〳〵。」ト云乍、出ル。但シ、下掛リハ初メ有。シテ中入後、間出ル也。 「つうわい〳〵。」 「ぶう〳〵。」 「〳〵。」 「〳〵。」ト云乍、舞((ママ))一ペン廻リ、左右ニ立トマリテ詞。「のふ〳〵よふおりやらふ。」ト云、両人下ニ居ル。ワキ、間ノ中入出、下ニ居ル。 「何と思わじ。」 「者どもでおりやれ。」爰ニテワキ出ル。二人驚タルテイニテ。 「いかゞでおりやる。」 ワキ「是は都道者にて候。集会の御座敷共存ぜず候。御めんあらうずるにて候。」 「風聞申ぞ。」 ワキ「かみは御一たいなれば、つゆ(①)には御中なをらせ給ふべき由申候。」 「披(ヒラカ)れたると申ぞ。」 ワキ「十二騎とてぞ承って候へ。」 「両人して。」(㋯ト云乍、ウデマクリシテ。) 「追欠申そふ。」(㋯行フトスル。尤、ツレモ同断。) ワキ「暫く、十二騎と申とも、よのせい百騎二百騎にもむかふべし。か様に申は都の者たうざんをしんじ参る上は、いかにも御寺もしゆくぼうもなんなくおわしませかしと思へば、かやうに申なり。此上はともかくも。」是ヨリ謡ニ成、地取。 「御暇申候わん。」ト云時、真中ヲ通リ大臣柱ノ方ヘ行。「夫ならば。」 ヲモ「いざこちへ。」(㋯ト云乍、入ル。) ①水野文庫蔵『鷺流間の本』は「ゐ」。 船弁慶 脇、次第ニテ出ル。跡ニ付キ出、太コザニ居、道行、詞アリテカヽル。一ノ松ヘ立ツ。 「御供なひ成され候へ。」ト云、太コザヘ引居ス。中入過テ、一ノ松ニ立ツ。 シテ「誠や覧。」 「伺ひ申そふずる。」ト云、ワキノ前ヘ行座ス。 「亭主。」 「弥念を入させ申そふずる。」 「心得申候。」ト云、太コザヘ引、居ル。ワキ立テ、ツレ、ワキト詞アリ。①   ル。「ゑいや〳〵といふ塩に。」と諷ふ時、「船頭舟を出シ候へ。」と云フトキ。「畏て候。」ト云テ、幕ヘ入リ、舟ヲ持出。地謡ノ前ニ直ニ、トモニノリ、カイ棹持テ。「舟に召れ候へ。」ト云、判官、ワキ、ツレ、乗ル。ヲモワキモ乗ル。但シ、云合次第ニテ「武蔵殿ニモ召サレ候ヘ。」ト云、弁慶ノルモアリ。何レトクト云合可然。 「さあらば舟を出し申候。」ト云テ、立テ。「ゑい〳〵 〳〵。」トアリ。 「早目出度。」 「皆々精を出し候へ。」ト云乍、下ニ居テ、右ノ肩ヲヌギテ、「ゑい〳〵。〳〵。」ト是ヨリ格別ニ精ヲ入。大ウキウ「ゑい。」 「越せ〳〵 〳〵 〳〵。しい。ゑい〳〵。」(㋯ト棹ニテ波ヲカクテイスル。) 二度目ノ「越せ〳〵。」 「しい。えい〳〵 〳〵。」爰ニテワキ立テ、詞アリ。ツレ、ワキモ詞アリ。「あゝ暫、船中にて左様の事は申さぬ事にて候。何事も武蔵と舟頭に御任せ候ヘ。」ト云時、「やあら爰な。」 「は入ツておりやれ。」 ワキ「舟中不案内の事にて候間、何事も武蔵にめんじて給り候へ。」ト云トキ「夫ならば。」 三度目「しい。えい〳〵 〳〵。」ト云、是ヨリ只コギイル。ワキ、判官諷アリテ、「波に浮みて見へたるぞや。」ト諷。早笛ニナルトキ、「荒不思議や。海の面が鳴よ。」ト云、下ニ居ル。切ノ謡、「弁慶舟子に力を合。お舟をこぎのけ。」トウタウトキ、ワ「舟頭舟をのけ候へ。」ト云。 「畏て候。えい〳〵 〳〵。」ト、少シコギテ、下ニ居ル。能済テ、判官、弁慶、ワキ連ト段々ニ入ル。其跡ニ付テ、舟ヲ持入ルナリ。 ①三字程度空白。水野文庫蔵『鷺流間の本』は「諷ニ成」。 安宅 太刀持、脇ノ供ニテ出、名乗ル。済テ呼出ス。 太刀持「御前に候。」ワキ云付アリ。 「畏て候。」ト云、地謡ノ前ヘ行居ス。シテ、次第ニテ出ル。強力、笈ヲセヲイ、金剛杖ニ笠ヲ付、右ニツキ、ツレ山伏ノ跡ニツキ出ル。ブタイヘ出、立并ブ時モ、ツレノ跡ニ立。シテ次第「旅の衣は鈴かけの、〳〵、露けき袖やしほるらん。」ト云謡時、引ツヾキ。「おれが。」 「らん。」 シテ、道行過、詞アリテ、皆々座ニツク。強力太コ座ヘ行キ、笈、杖、笠、後見へ渡シ、居ス。シテ、判官、詞有テ、シテ呼出ス。 「御前に候。」 シテ「笈を持て来り候へ。」 「畏て候。」ト云、太コ座ヘ行、笈ヲ持テ出、シテヘワタス。 「さあらば。」 「上申候。」 シテ、笈ヲ取テ、判官ヘ渡。本ノ座へ戻リ、云渡ス。是ハ観世流也。金剛流ハ、笈ヲ請取、其侭云渡。シテ「汝が笈を御肩におかるゝ事は南方冥加もなき事にてはなきか。」 「なき事にて候。」 シテ「先汝は先ヘ行、関の様体を見て、誠に山伏を撰か、又左様ともなきか念比に見て参り候へ。」 「畏て候。」ト云テ、シテ柱ノ先ヘ立テ。 「隠イて参らふ。」ト云、トキンヲ取テ、タモトヘ入ル。但シ、強子帽子ノ時ハ此詞ナシ。扨、橋掛リ一ノ松ヘ行。 「是は。」 「山伏の爰じや。」(㋯頭ヲ手ニテサス。) 「はあ。」(㋯ト云、下ヘ飛居テ。) 「こわもの。」(㋯袖ヲ出ス。) 「急で申上ふ。」(㋯ト云、立テ行フトスル。) 「あびらうんけん。」(㋯ト云フ。手ニテ、ツマハジキスル。) 「うんけん。急で申上ふ。」ト云、シテ前ヘ行、下ニ居テ。 「いかに申上候。」 「一首貫て候。」 シテ「何トつらねて有るぞ。」 「山伏は。」 「読申て候。」 シテ「近比小賢しき者にて有る。汝も御跡より参り候へ。」 「心得申候。」ト云、太コザヘ行居ス。扨、シテ詞有。皆立テ、諷に成リ、「よろ〳〵として歩み給ふ御有様も痛しき。」ト、諷済テ、皆々橋懸リヘ行ヲミテ、太刀持、ワキニ向ヒ。「如何に申。」 「御通りにて候。」 ワキ「心得て有る。」扨、シテ、ワキ詞有リテ、シテ\「よも誠の山伏を留めよとは仰られ候まじ。」 「左様に。」 「掛ておりやる。」 是ヨリ祈リ有リテ、勧進帳過テ、皆々橋懸リヘ行ク。判官、太コザヨリ立ヲミテ、ワキヘ向イ、「いかに申。」 「御通りにて候。」ト云乍、太刀ヲ脇ヘ渡ス。扨、シテ、ワキ詞アリ。シテ「金剛杖を追取て、さん〴〵に打擲す、通れとこそ。」ト云時、「打つとも通すまじいぞ。」此詞、観世斗。外ハナシ。扨、押合済テト云時((ママ))、ワキ\「はや〳〵御通り候へ。」 「急でお通りやれ。」ト云、ワキト一所ニ、大小ノ後ロヘ引ザス。扨サシ、曲済テ、ワキ橋懸リヘ立、呼出ス。 「御前に候。」 ワキ\「山伏達は何程御出候べし。」 「早抜。」 「ずるにて候。」 「汝は急ぎ追付申、最早は余りに聊尓を申面目なふ候様((ママ))に、酒を持せ是迄参りたるよし申候へ。」 「畏て候。」ト云テ、立テ。「最早。」 「案内申候。」強力、シテ柱ノキワヘ立。 「案内。」 太「心得申候。」 強力、シテノ方ヘ行、シテヘ向ヒ、下ニ居テ。「いかに。」 「参られて候。」 シテ「此方へと申候へ。」 「心得申候。」ト云、立テ太刀持ニ向イ、「此方へ。」 太刀持「心得申候。」ト云テ、ワキヘ向イ。 「此方へ。」 「候へとの御事ニて候。」 太「心得申候。」ト云、ワキノ跡ニ付、一所ニ地謡ザノ方ヘ行、居。強力ワ太コザヘ引、居ス。能済、強力ハ、山伏ノ跡ニツキ入ル。太刀持ハ、ワキノ供ニテ入ルナリ。 西行桜 囃子方、ザニ着。作物出、脇出ル。其跡ニ付テ能力出、太コザニ居ス。脇牀机ニカヽリ、呼出ス。能力立テ、脇ノ前ヘ出。 「御前に。」 ワキ\「見禁制とお触候へ。」 「畏て候。」立テ、シテ柱ノ先ヘ下リ、ワキ正面ニ向。「やあ〳〵。心得候へ〳〵。」ト云、太コザヘ引居ル。次第ニテ、ワキ連、花(ハナ)見立衆出。次第、名ノリ、道行済テ、一ノ松ヨリ案内乞フ。能力立、向フ。 「誰にて渡り候ぞ。」 ワキツレ「さん候。是は都方の者にて候が、この御庵室の花ざかりなる由承及、はる〴〵是迄参りて候。そと御見せ候へ。」 「御出尤。」 「叶ひ候まじ。」 ツレ「仰尤にて候へども平に御見せ有て給り候へ。」 「さあらば。」 「御待候へ。」 ツレ「心得申候。」ト云、太コザノ先キニ、下ニ居ル。ワキサシ。ワキ「夫春の花は。」ト謡出シ、「見仏聞法の結縁たり。」ト謡。詞「去ながら四の時にもすぐれたるは花実の折なるべし。荒面白や候。」ト云時、能力立テ、ワキノ前ヘ行、下ニ居テ、「いかに。」 「御出にて候。」 ワキ「何とて禁制の由は申さぬぞ。」 「禁制の。」 「扨申上候。」 ワキ\「をよそ洛陽の花盛いづくもといひながら、西行が庵室の花ばなも一木我も独りとみる物を、花ゆへありかをしられん事は、いかゞなれども是迄はる〴〵来れる心ざしを見。さてはいかゞかへすべき。あの柴垣の戸をひらきうちへいれ候へ。」 「畏て候。」立テ、花見ニ向、「一段。」 「御事に候。」ト云、扇ヒラキ、「ザラ〳〵 〳〵。」ト、戸ヲアクル心ヲスル。尤、早ク太コザヘ引居スガヨシ。能済テ、ワキノ供ニテ入ル。別。一、初ワキ呼出。云付ケ斗ニテ触無之事モアリ。又呼出シモナキ事有リ。何レニも能々云合可然。 三井寺 初、囃子方着座済、シテ出、正面ニ居ス。サシ謡有リ。此内ニ夢合出テ、太コザニ居ス。 シテ、サシ謡済テ、詞「荒有難や候。すこし睡眠のうちにあらたなる霊夢を蒙りて候は。いかにわらはをいつもとひ慰むる人の候。哀来り候へかし。語らばやと思ひ候。」ト云、此内ニ夢合、一ノ松ニ立、名乗ル。名乗詞過テ、シテ柱ノ前ヘ出、シテト行合ウ様ニ見合出べし。「是は清水。」 「参り申そふずる。」爰ニテシテニ行合。 「亭主。」 「お僧((ママ))を召され候へ。」ト云、後見ヨリ腰桶受取、持出、シテ腰カケサセ、シテノ右ノ方ヘ行、座シ、「亭主。」 「参らせうずる。」 シテ\「只今少睡眠のうちにあらたなる霊夢を蒙りて候。我子に逢んと思はゞ三井寺へ参れと、あらたに御霊夢を蒙りて候。」 「是は一段の。」 「其御心得候へ。」 シテ\「荒うれしと御あわせ候物哉。扨其三井寺とやらんへはいづくへ参候ぞ。」 「参ン候。」 「成され候へ。」 シテ「さあらば告に任せて三井寺とやらんへ参候べし。」シテ立ツト、腰桶ヲ取、後見ニ渡シ、太コザニ戻ル。中入後、地取ニテ入ル。シテ中入後、脇、次第ニテ出ル。能力、ワキノ供ニテ出、太コザニ居ル。次第、道行過テ、ワキザニ着、呼出ス。能力「御前に候。」 ワキ「少人を伴ふて有る間、何にても一曲かなで候へ。」 「畏て候。」小舞〈イタイケシタ〉舞済、シテ柱ノ先ヘ立、幕ノ方ヲミテ、「やあ〳〵。」 「此由を申上ふ。」ト云、ワキヅレヘ向イ、「いかに三位殿〳〵。」(㋯ワキツレ立テ) 「何事にて候ぞ。」 「あれに。」 「呼ませうか。」 ツレ\「いや無用に致候へ。」 「あゝ苦。」 「やあ〳〵。」(㋯マクノ方ヲ見テ。) 「如何にも道を広〳〵。」(㋯扇ヒラキ、下ヲ左ヨリ右ヘサシ。) 「そちへ追ひ。」(㋯向フヲサシ。) 「此方へ通し候へ。」(㋯扇ニテ、ウヘ下ヘアヲグヤウニ、二度スル。●拍子一ツ。) 「〳〵。」ト云、扇シマイ、サシ、笛ザノ上ニ居ル。シテ、一セイニテ出様之謡アリテ、「舟もこがれて出らん舟人もこがれ出らん。」ト諷、シテ橋掛リヘ行ト、能力、笛ザノ先ヘ立テ、「惣じて。」 「急で鐘をつこふ。」ト云、作り物ニ向。 「じやんもん〳〵 〳〵。」ト、カネヲツクテイ、三度程シテ、笛ザノ上ニ居ス。尤、是ハ観世流也。余流ハ鐘ツク内ニ、シテ来リ、肩ヲ笹ニテ打ト飛ノキ、「蜂がさいた。」 シテ「童も鐘をつこふずるにて候。」 「いや是は人のつかぬ鐘にて候よ。」 シテ「人のつかぬかねを何とておことはつくぞ。」 「某のつく。」 「おつきやるなや。」ト云、元ノ座ニ居ス。シテ詞有リテ、諷「龍女が成仏の縁に任て、わらはもかねをつくべきなり。」 「影はさながら霜夜にて、〳〵、月にやかねはさえぬらん。」ト諷、又返シ地ウタウ内ニ、能力ワキニ向イ、「如何に申。」 「鐘をつかふと申候。」 ワキ\「心得て有る。」ト云、笛ザノ上ニ居ス。能済テ、ワキノ供ニテ入ル。 一 脇、次第、道行済テ、座ニ着。呼出無之。能力ヨリカヽル時ハ、左ノ通リ。 「扨も〳〵見事な月かな。か様にさへた事は近イ比には希な事でごさる。先あれヘ参ふ。如何に申。」(㋯ワキノ前ヘ行。) 「今宵の月の様にさへた事は。近イ比には希な事でござるが。旁には何と思召され候ぞ。」 ワキ「実々申ごとく今宵の月程おもしろき事は有間敷候。また少人の伴ひて有間、何にても一曲かなで候へ。」「畏て候。」小舞、是より末同断。 舎利 初、名乗ワキ也。脇ノ跡ニ付出、太鼓ザニ居ス。ワキ、名ノリ、道行過、カヽル。「門前の人渡り候か」。 「誰にて渡候ぞ。」 ワキ「是は出雲の国三保の関より出たる僧にて候。当寺の御事承り及参りて候。大唐より渡されたる十六羅漢、又仏舎利をも拝ませて給り候へ。」 「尤拝せ。」 「叶ひ候まじ。」 ワキ「仰は去事にて候へ共、はる〳〵参りて候、そと拝ませて給り候へ。」 「遥々と。」 「御拝み候へ。」 ワキ「祝着申候。」 「さあらば号御通り候へ。」 ワキ「心得申候。」ト云、大小ノ前ニ立。能力、舞台へ出、台ノ前ニ居テ、扇ヲヌキ鎰ノ心ニ持テ、「ごと〳〵 〳〵。」ト云扇サシ、立テ、左リヘ「ぎい。」引、右ヘ「ぎり〳〵 〳〵 〳〵。」ト、戸ヲ明ルテイアリテ、ワキヘ向イ、「御戸を。」 「御拝み候へ。」ト云、太コザヘ引居ル。能力、一ノ松ニテコケ乍、シテ中入ノ時、「のふ。悲しやの〳〵 悲しやの〳〵。」ト何ベンモ云テ、コケル。ヨキ見合立テ「漸と。」 「先舎利殿へ参ふ。是はいか。」(㋯ト云乍、シテ柱ノ先ヘ出、舎利ノナキヲミテ。) 「急で追欠申さふ。」(㋯ウデマクリナドシテ、先ヘ出。) 「いや是に。」(㋯ワキヲミテ。) 「お返しやれ。」 ワキ「愚僧は存ぜず候。」 「知らぬと。」 「置まいぞ。」 ワキ\「夫に付不思議成事の候間、先近ふ御入候へ。」 「心得申候。」ト云、ワキノ前ヘ行、下ニ居テ、「実と。」 「いか様成御事にて候ぞ。」 ワキ「仏舎利の御事当寺の御謂委く御物語候へ。」 「中々子細。」 「参りて候ぞ。」 ワキ\「愚僧御舎利を拝し申候所に、何く共なく童子のごとく成人来られ、御舎利を取り天上を蹴破り、虚空に上ると見て、姿を見失ひて候よ。」 「何と童子の。」 「何と致候べき。」 「昔も今も仏力神力に替る事はなく候間、此度韋駄天に祈誓をあれかしと存候。」 「仰の如く。」 「添て給り候へ。」 ワキ「心得申候。」ト云、台ノ前へ行、懐ヨリ珠数ヲ出シ、合掌シテ。「一心。」 「駄天〳〵。」(㋯ト云乍、珠数スル。)ト云、太鼓座ヘ行居ス。能済テ、入ル。 又 宝生流ワキノ時ハ左ノ通り。 ワキ「所の人か渡候か。」 「誰にて渡り候ぞ。」 ワキ「是は出雲の国三保の関より出たる僧にて候。当寺に於て承及たる仏舎利を拝見せて給り候へ。」 「尤拝ませ度は。」  「叶ひ候まじ。」 ワキ「御大法は去事なれども、はる〴〵参りて候間、平に御心得を以て拝せて給り候へ。」 「遥々と。」 「先号御通り候へ。」 ワキ「祝着申候。」是より中入過、ワキヘカヽル迄ハ右同断。 「急で仏舎利をお返しやれ。」 ワキ「愚僧は存ぜず候。」 「知らぬと。」 「仰らるゝか。」 ワキ「いや〳〵忘語は申さず候。夫に付思ひ合する事あり候。先近ふ御入候へ。」 「心得申候。」下ニ居テ、 「実々。」 「いか様成御事にて候ぞ。」 ワキ\「其事にて候。最前仏舎利を拝し心をすます所にいづくともなく童子のごとく成もの壱人来り、仏舎利の御事懇に語り何とやらん気色かわりて見へ候程に、不審をなして候へば、古への足疾鬼が執心と言もあへず、舎利殿にのぞみ仏舎利を取、天井を蹴破ると見て、姿を失ふて候。南方不審成る事にては候はぬ。」 「何と足。」 「迷惑仕候。」 ワキ「いや〳〵苦からぬ候。夫に付仏舎利の御事当寺の御謂委く御物語候へ。」 「中々子細。」 「申そふずる。」語リ、前ノ通。「釈尊。」 「拝せ申たる御事にて候。」 ワキ「懇に御物語候もの哉、我等の存候は、昔も今も仏力神力に替る事は有まじく候間、急ぎ韋駄天へ祈誓を御懸け候へ。」 「仰の如く。」 「給り候へ。」 ワキ「心得申候。」此跡、前之通。 黒塚 脇次第、能力ワキノ供ニテ出、太コザニ居ス。シテ中入過テ、一ノ松ニ立ツ。 「先あれへ参ふ。」ト云、ワキノ前ヘ行、下ニ居テ。 「思召され候ぞ。」 ワキ「実々汝が申ごとく今宵の主ほど情の深き人は有まじく候。女人の身として夜陰に及び、山に上り薪をとり、火にたひてあてふずるとの志、南方奇特成る事にて候。」 「去ながら。」 「私はいて見て参ふ。」(㋯ト云乍、行フトスル。) ワキ「いや、主と堅く契約して有る間、左様の事は無用にいたし候へ。」 「いや此方。」 「見て参らふ。」 ワキ「いや無用にて候。夜も更たり、某もまどろまふずる間、汝は夫にて休み候へ。」 「はあ夫ならば休ませう。」ト云、扇ヲヌキ、ヒタイニアテヽ、ロクニ居ル。扨、ネルテイヲシテ、ワキノ方ヲトツト見テ、扇サシ、ソツト立テ、ヌキ足ニテ、行フトスルトキ、ワキ「何方へ参るぞ。」ト云時、其儘下ニドウト居ル。「いや何方へも。」 「夢をみてござる。」 ワキ「心閑に休候へ。」 「畏て候。」又初メ通り、ネルテイヲシテ、ワキノ方ヲ得ト見テ、扇ニテブタイヲタヽキ、シツ〳〵 〳〵ト云、鼠ヲオフテイヲシテ、ソツト立フトスル時、ワキ「何事を仕るぞ。」 「いや何事も。」 「驚てござる。」 ワキ「近比さわがしき者にて有るぞとよ。」 「やあら今夜。」 「顔にあてゝによふ。」ト、扇ヲヒラキ、顔にアテヽ、ネルテイヲシテ、脇ノ方ヲトクト見テ、扇ヲ左右ノ手ニトリカヘ〳〵持テ、コケモツテ、段々トシテ柱ノ方ヘコケ行、ヌキ足シテ、一ノ松へ行。「漸々。」 「見て参ふ。」作リ物ヘ手ヲ懸、ノゾイテ見テ、一ノ松ヘ行乍。「のふ〳〵たそ。」 「こわ物でござるが。」ト云乍、フルイ〳〵作リ物へ両手ヲカケ、トツクトミテ。「のふ。おそろしやの〳〵。」ト云乍、ワキノ前ヘコケテ、「見てござる。」 ワキ\「見たるとは。」 「最前の。」 「御無用にて候。」 ワキ「最前堅く申付て有るに曲事にて有ぞ。去ながら立越見ふずるにて候。」 「急で。」 「とり申そふずる。」 ワキ「尤にて候。」 「のふ。嬉しやの〳〵。」ト云乍、入ル也。 藤永 囃子方、座着キ済テ、子方一人、連脇一人、囃子モ何モナク只出デ、子方ハ地謡ノ前ニ居ル。連ワキ男ハ笛ザノ上ニ居ル。扨、次第ニテ、僧ワキ出、次第、道行諷過テ、詞アリ。宿ヲ借リ、ツレワキノ男立合テ、様々永キ詞アリ。僧ト子方ハ囃子方ノ後ロヘクツログ、ツレワキ男フ((ママ))切戸ヨリ入ル。扨、シテ藤永出ル。右ノ供ニテ、太刀持出ル。シテ名乗過テ、呼出ス。ワキ((ママ))「是は芦屋の藤永にて候。今日は日もうらゝに候間、浦遊びに罷出候。いかに誰か有る。」 「御前に候。」 シテ「浦遊びに出候べし。舟の事申付候へ。」 「畏て候。」 シテ「又あれに当て笛鼓の音の聞へ候。いかなる事にて有るぞ。」 「いやあれは。」 「御座らふずる。」 シテ「急で尋て来り候へ。」 「畏て候。」立テ、幕ヘムカイ。 「やあ〳〵。」 「やあ〳〵じやあ。」 シテニ向イ、「只今の。」 「ごさると申候。」 シテ「さらば此所にて待ふずるにて候。」 「尤に候。」ト云、太コザニ居ス。扨、鳴尾□((下カ))リ端ニテ出ル。ツレ皆々ハ笹ヲカタゲ出ル。能力モ笹ヲカタゲ、ツレノ跡ニ付出ル。下リ端諷済テ、ザニ着、呼出ス。能力立テ、ツレノ前ヘ出ル。「いかに能力。」 「御前に候。」 「何にても一さしかなで候へ。」 「畏て候。」〈イタイケシタル〉ノ小舞アリ。舞スンデ、「此扇を。」 「さし申候。」ト云乍、扇ヲ渡ステイ斗。シテ\「給酔て候程にまはふずるにて候。」ト云時、能力ザニツク。扨、サシ、曲アリ。曲留ノ頃、能力立テ謡。扇ニテ目付柱ヘサシ行、カザシモドリ左右ニテトメル。 「又君の。」 「申さん。」ト云時、脇大臣柱ニ立、ウナヅク。 「こちの事か何事ぞ。」 ワキ\「只今舞まふたる者はいかなる者ぞ。」「あれ。」 「お人よ。」 ワキ「其藤永に今の舞こそ面白けれ、今一さしまへ、めうといへ。」 「夫は誰が。」 ワキ「愚僧が。」 「扨も〳〵。」 「此由を申て見う。」ト云、シテヘ向、「いかに申。」 「打擲仕う。」 シテ「左様に申はあれ成あれなる修行者にて有か。」 「さん候。」 シテ\「安き間の事。舞をば已前にまふて有間、今度は八撥を打て聞さうずると申候へ。」 「いや御無用でござる。」 シテ\「いや〳〵苦しからぬ事にて候。左様に申候へ。」 「畏て候。」 「悦せう。」ワキノ方へ行、「喃々。」 「仰らるゝぞ。」 ワキ\「急で打てといヘ。」 「ゑゝ。」 「是々をいたゞかせう物を。」(㋯ニギリコブシヲフリ上ル。)ト云、シテヘ向イ、「羯鼓を遊され候へ。」ト云、太コザヘ行居ス。能済テ、太刀持、能力、跡より入ルナリ。 花月 初ワキ次第ニテ出ル。名ノリノ内ニ、間片幕ニテ出、太コザニ居。ワキ道行済、詞アリテカヽル。 ワキ「門前の人の渡り候か。」 「誰にて渡候ぞ。」(㋯一ノ松ニ立。) ワキ「是は都はじめて一見の事にて候。何にても面白事き事の候はゞ見せて給り候へ。」 「参ン候。」 「掛申そふずる。」 ワキ「さあらば其花月とやらんの見せて給り候へ。」 「先号々御通り候へ。」 ワキ「心得申候。」ト云、ワキザニ着ク。入替リ、間、シテ柱ノキワヘ出、幕ヘ向ヒ、「いかに。」 「御遊び候や。」ト云、太コザニ居。シテ出テ、名乗諷、詞アリ。諷地ニ取。「扨は末世のかうそ成とて天下に。」ト、諷切ト、間立テ、脇正面ノ方ヘ出、花月ニ向イ、「何とて。」 「御出候ぞ。」 シテ「さん候。今まで雲居寺に候ひしが花に心を引弓の、春の遊の友達と中たかはじと参りたり。」 「さあらば 御謡ひ候へ。」ト云、シテノソバヘヨリ、コシヲカヾメル。間ノ肩ニ手ヲカクル。シテ「こしかたより。」ト謡出。間、扇ヒラキ、カザス。右ノ謡スンデ、間ヲツキコカス。間下モ((ママ))ニコケ居テ、目付柱ノ方ヲミテ、「いや爰な。」 「此由を申さふ。」ト云、立テシテニ向、「いかに申。」 「遊され候へ。」 「実々鶯が花を散し候ぞや。某射てをとし候はん。」 「急で遊し候へ。」ト云、太コザヘ引居。シテノ詞アリ。諷ニ成リテ「仏の禁給ふ殺生戒をば破るまじ。」ト、弓矢ヲ捨ル。間、右ノウタイスミ比ニ出テ、弓矢ヲトツテ、「尤で。」 「謡せられいや。」ト云、太コザヘ行居。扨、サシ、クセ有リテ、ワキ、シテ詞アリ。「扨は疑ふ所もなし是こそ父の左衛門尉家次よ。見忘れて有か」ト云時、間立出、「のふ〳〵。」 「持せられたぞ。」 ワキ「いや是は某俗にて失ひたる子にて候程に、扨か様に申候。」「何と俗にて。」 「其後羯鼓打。連立都(古里)へ御帰候へ。」ト云、太鼓ザヘ引居、地取ニテ入ル。 百万 ワキ次第ニテ出ル。間、右ノ内ニ片幕ニテ出、太コザニ居ス。脇、次第、名乗過テ、カヽル。間一ノ松ニ立。 ワキ「門前の人の渡候か。」 「誰にて渡候ぞ。」 ワキ「おさなき人を伴ひ申て候。何にても面白き事の候はゞ見せて給り候へ。」 「仰の。」 「掛申そふずる。」 ワキ「さあらば其百万とやらんの見せて給り候へ。」 「さあらば号御通候へ。」 脇ワキザヘ行、間ブタイ真中ニ立テ、扇ヒラキ、カザシ。 「南無釈迦無尼仏。」太夫地謡ニテ地取アリ、 「南無釈迦〳〵。」太夫地取ル。 「はあみさ、はあみさ。」ト云乍、ノリテ廻ル内ニ、シテ出。笹ニテ肩ヲ打。 「蜂がさいた。」 シテ「あらわるの念仏の拍子や候。童は音頭をとり候べし。」 「さあらば。」 「御申候へや。」ト云、太コザヘ行居ス。地取リニテ入ル。 自然居士 囃子方出、座ニ着。間本幕ニテ出、シテ柱ノ先ニ立、口明。但、是ハ上掛リナリ。下掛リハ初ニワキ出、名乗済テ、ザニ着、間出ルナリ。 「是は。」 「御参り候へや。」ト云、正面ニ向。 「いや聴衆。」 「呼出し申さうずる。」ト云、幕へ向。 「いかに。」 「御出成され候へや。」 観世流ハ、此詞切ニテ、太コザヘ引。宝生其外ハ、シテ出、詞有ル故、立ツテ待居ル。 シテ\「居士説法結願と触て有るか。」 「参ン候。」 「御法談候へ。」 シテ舞台へ出、腰カクル。セウ机間持出、カケサスル。尤直ニ太コザヘ引居ル。シテ詞謡有リ。右ノ内ニ、子方文小袖ヲ持出ル。間立テ橋懸リヘ行。「あらいたいけやな。」ト云、文ヲトリ懐中シ、小袖ヲトリ肩ニ掛。子方ヲ連ブタイヘ出、目付柱ノ下ニ置。小袖ヲシテノ前ヘヒロゲヲク。尤、ヱリヲ地謡ノ方、袖ヲ正面ヘ出置。宝生ハ袖ヲ、シテノ方ヘ出ス。今春モ同断。金剛ハスソヲ地謡ノ方へ出シ、袖ヲ手前ニシテ置ナリ。扨、シテ諷「摠神分に盤若心経。や是は諷誦を御上候か。」ト云ニツヾイテ、間詞。但シ、是ハ観世也。其外ハ「是は諷誦を御見候か。」ノ詞ナシ。盤若心経ニツヾイテ間詞也。「いかに申。」(㋪「参ン候。」ト云ガヨシ。) 「是成る。」 「御覧候へ。」ト云テ、文ヲ渡ス。直ニ太コザヘ引居ス。下掛リノ時ハ「般若心経。」ト諷切ルト、右ニツヾイテ、「いかに申。」 「御覧候へ。」ト云、文ヲワタシ引ナリ。扨、シテ詞アリテ、初同「身の代衣恨めしき〳〵。」トウタフ。此内ニワキ二人出ルナリ。諷済ト、ワキ名ノリアリ。尤、是ハ上懸リ也。扨、ワキツレト詞アリテ、ワキツレ子方ヲ引立ルトキ、間立テ、「やるまいぞ〳〵。」 ワキ「用が有る。」 「用が有るともやるまいぞ。」(㋯ウデマクリシテ、トメル。) ワキ「用が有る。」ト云乍、フリ返リ、キメル。直グニワキザノ方ヘ行。 「用があらば。」 「去ながら申上ふ。」ト云、シテノ方ヘ行、下ニ居テ、「いかに居士へ。」 「何と思召され候ぞ。」 シテ「荒曲もなや候。始より彼女は用有げに見へて候。是上諷誦をあげ候にも唯小袖共かゝず、身の代衣とかいて候より、ちと不審に候ひしが、居士が推量うふ((ママ))申候は、彼者は親の追善の為に、我身を此小袖にかへて、諷誦にあげたると思候。只今の者は人商人にて候べし。かれは道理、こなたはひがごとにて候程に、御身とゞめたる分にては成候まじ。」 「参ン候。人商。」 「追欠連て参ふずる。」(㋯ト云乍、立フトスル。) シテ「暫、御出候分にては成候まじ。居士此小袖を持て行。彼ものに替て連れてかへらふずるにて候。」 「尤には。」 「御ざらふずる。」 「いや〳〵説法は百日千日聞召れても善悪の二つを弁へん為ぞかし。今の女は善人。商人は悪人。善悪の二道爰に極て候はいかに。」 諷「けふの説法是迄也。願以此功徳普及於一切、我等与衆生皆共成仏道。」トウタウ。右ノ内ニ小袖引ヨセタヽム。尤ナガラ三ツ折ニタヽミテ、シテノ後ロヘ廻リ、エリニカクル。掛ケヤウ、トクト云合スべシ。扨シテ立ツ迄、後ロニ待居テ、シテ立ツト、セウギトリテ、太コザヘ行居ル。能済テ、本幕ニテ入ル。 東岸居士 脇名乗ル。間、ワキシテ柱ハナレルト、其儘出テヨシ。尤、片幕ニテ出、太コザニ居ス。ワキ名ノリ過テ、カヽル。 ワキ「清水寺門前の人の渡り候か。」間、一ノ松ニ立。 「誰にて渡候ぞ。」 ワキ「是は都始て一見の事にて候。此所に何にても面白き事の候はゞ見せて給り候へ。」 「仰のごとく。」 「掛申そふずる。」 ワキ「さあらば其東岸居士とやらんを見せて給り候へ。」 「さあらば。」 「御通り候へ。」 ワキ「心得申候。」ト云、ワキ座ヘ行。間幕ヘムカイ。 「いかに。」 「御出候へや。」ト云、太コザニ居ル。地取ニテ入ル。此間、初メ此方ヨリカヽル詞有之候へ共、当時何方ニテモ不用。如此にて相済候也。 富士太鼓 ワキ名乗ノ内ニ、間出テ、太コザニ居、名乗過テ呼出ス。又、供ニテ出ル事モ有リ。聞合可然。 ワキ「いかに誰か有。」 「御前に候。」 ワキ「富士のゆかりと申さば此方ヘ申候へ。」 「畏て候。」ト云、太コザニ居ル。シテ、子方、次第、道行過テ、案内カウ。間、一ノ松ニ立。但、シテ橋懸ニテ次第有ル事モアリ。シテ「如何に案内申候。」 「誰にて渡り候ぞ。」 「暫く御待候へ。」ト云、ワキノ方ヘ行、下ニ居テ、「いかに申。」 「連て参て候。」 ワキ「此方へと申候へ。」 「畏て候。」 シテノ方ヘ行向、「最前。」 「御通り候へ。」ト云、太コザヘ引、居ル。地トリニテ入ル。 善知鳥 脇、名乗、道行過テ、カヽル。間、名乗ノ内、片幕ニテ出、太コザニ居ル。 ワキ「外の浜在所の人の渡り候か。」 「誰にて渡候ぞ。」 ワキ「此所に於て去年の秋の頃身まかりたる猟師の家を教て給り候へ。」 「参ン候。」 「かしと存る。」 ワキ「懇に御教祝着申て候。さあらばあれへ立越。心静に尋ふずるにて候。」 「何にても。」 「ずる。」 ワキ「頼候べし。」 「心得申候。」ト云、太コザヘ引居。地取ニテ入ル。上掛リハ「去年の秋」、下掛リハ「去年の春の頃」也。 籠太鼓 太刀持。ワキノ供ニテ出ル。脇名乗済テ、呼出ス。\「いかに誰か有る。」 「御前に候。」 「清次は大剛の者にて候間、番をよく仕候へ。」 「畏て候。」ワキザニ着ク。太刀持立テ。 「更ば。」 「清次おりやるか。」(㋯作リ物ノキワニ下ニ居テ。) 「のふ清次是は。」(㋯ト云、籠ノ内ヲミテ。) 「急で申上ふ。」ト云、フルイ〳〵ワキノ前ヘ行、下ニ居テ、「ぬけ申て候。」 ワキ「ぬけたるとは。」 「清次が。」 「ぬけ申て候。」 ワキ「最前皆(①)□申付て有に何とて油断仕りて有ぞ。」 「随分。」 「ぬけ申て候。」 ワキ「扨彼者に親はなきか。」 「いや親は御座なく候。」 ワキ「子はなきか。」 「いやごさなく候。」 ワキ「妻はなきか。」 「妻はござ候。」 ワキ「さあらば急で其女を連て来り候へ。」 「畏て候。」ト云、立テ、「喃々。」 「いや則是じや。」シテ柱ノキワヨリ、幕ヘ向イ。 「如何に。」 「出られ候へ。」シテ幕より出、「科人を召こめられ候上は、女迄の御罪科は余りに御情なうこそ候へ。」 「いや〳〵。」 「御参候へや。」ト云、シテノ出ルヲミテ、ワキノ方ヘ行、下ニ居テ。 「いかに。」 「連て参て候。」ト云、太コザヘ引居ル。シテ、舞台へ出、ワキト詞アリ。初同ニナルト、ワキ呼出ス。ワキ「いかに誰か有。」 「御前に候。」 ワキ「此者を籠者させ候へ。」 「畏て候。」ト云、シテノ側ヘヨリ、「立しませ。」ト云、シテヲ引立、籠ノ中へ入ル。尤、直ニ籠ノワキニ居テ、諷済ンデ、「清次社。」 「ないぞ。」ト云乍、気色ヲシテ、太刀ニ手ヲカケキメル。 ワキ\「やあいかに汝((ママ))にむかひ何事を致すぞ。其のさげなるに依て清次をも籠より逃ひてあるぞ。所詮今よりは太鼓を懸て、一時宛時をうつて番を仕候へ。」 「畏て候。」 「太鼓を釣ふ。」ト云、後見ヨリ羯鼓を受取、持出、ツル。但シ、釣ヤウ能々太夫ヘ聞合ベシ。尤、撥ハナシ。「始から太鼓を。」(㋯ト云乍、羯鼓ヲ作リ物ヘ結付ル。) 「番を渡ふ。どん。〳〵。」(㋯ト云乍、手ニテウツテイヲスル。) 「どん〳〵 〳〵 〳〵どん。」(㋯高ク云。) 「一つ。」 「九十ウ。」キモヲツブシタル顔ニテ、口ニ手ヲアテ。 「はあ。」 「何とせうぞ。」ト云テ、太コザニ引居ル。シテ、サシ謡「実や思ひうちにあれば、色は外にぞ見えつらん、つヽめ共袖にたまらぬしら玉は人を見ぬ目のなみだかな。」右ウタイ済ギハニ、太刀持立テ、シテ柱ノ先ニ立。 「あらいたわしい事哉。」ワキヘ向。 「いかに申。」 「狂気致候。」 ワキ「何と籠の女が狂気したると申か。」 「参ン候。」 ワキ「あら不思議や立越見うずるにて候。」 「尤に候。」ト云立テ、シテ柱ノ先ニテ、ワキ正面ヲ向。 「やあ〳〵。」 「のき候へ。」ト云、太鼓座ヘ行、居。済ンデ、ワキノ供ニテ入ル。 ①「皆□」は水野文庫蔵『鷺流間の本』では「堅く」。 藍染川 初メシテ、子方、次第ニテ出。サシ、小諷、道行過テ、詞アリ。サコノゼウト問答アリ。サコノゼウ、カヽル。女、幕ヨリ出ル。 「いや左近の尉にて有か。」 サコノゼウ「さん候。神主殿へ申上べき子細有て参りて候。」 「神主殿は。」 「持て参ふずる。」 サコ「それは恐がましく候。」 「いや〳〵。」 「越されたるぞ。」 サコ「都より女性旅人の一人、我やに留り候が、此文を神主殿へ参せよと申され候。」 「頓て。」 「暫く待候へ。」ト云テ、文ヲトリテ、シテ柱ノ先キヘイヅル。 「あら不思議。」 「披て見うと存る。」ト云、文ヲ披キミテ。 「されば。」 「腹立やの〳〵。」ト云、文ヲ引サキ、拍子フミテ、腹立テイアリテ。 「いや〳〵。」 「やらばやと存る。」ト云、太コザヘ行。文ヲ持出、シテ柱ノ先ニテヒラキ、扇ニテ書テイアリテ。「いかに。」 「慥に届候へ。」ト云、文ヲワタス。 サコ「畏て候。」 女「扨、其女。」 「来りたるか。」 サコ「参ン候。おさなき人をつれ申されて候。」 「其親子。」 「いづくに居ぞ。」 サコ「いまだ某がやに御ざ候。」 「神主殿。」 「追失ひ候へ。」 サコ「言語道断。左様の御事をば、何をも存ぜず、旅人屋の事にて候程に、留置て候。さらば頓て追出し申さふずるにて候。」 「一時も。」 「出し候へ。」ト云捨テ、入ル。 「申(①)上ふと存る。」ト云、幕ノ方ヲミテ、「やあ〳〵。」 ①この一行、上部余白に書き入れ。 小督 シテ中入後、柴垣ノ作物出、連出二人出ル。其跡ニ、間女ツキ出、太コザニ居ル。連女ザニ着ト、間女シテ柱ノ先キニ立、名乗ル。 「所望仕ふずる。」ト云テ、連女ノ前ヘ行、下ニ居テ。 「いかに申。」 「承り度候。」ツレ答ナシ。云捨テ、引居ル。能済テ、ツレ女ニ付入ル也。 放下僧 シテ中入過テ、太刀持ワキノ供ニテ出、脇次第ノ間、下ニ片ヒザ立居ル。名乗済テ、呼出ス。但シ、次第ノ内ハ立居テ、名乗ニナリテ下ニ居ル方可然。 ワキ「いかに誰か有る。」 「御前に候。」 ワキ「瀬戸の三島へ参る((ママ))ずる間、汝一人供仕候へ。」 「畏て候。」 「又存る子細の有間、路次にて某の名乗ばし申候な。」 「心得申候。」ワキザニ着、太刀持立テ、シテ柱ノサキニテ。「扨も〳〵。」 「急(○)で申上ふ。」ト云、ワキノ前へ行、下ニ居テ、「いかに申。」 「呼ませうか。」 ワキ「何と放下と申か、左様の者は無用に仕り候へ。」 「いや面白。」「ふごさるまいがの。」 ワキ「いや無用にて候。」 「あゝ大事ござる物を。」ト云、シテ柱ノ先ヘ行テ、「是はいか。」 「申渡そふ。」幕ノ方ヘ向。 「やあ〳〵。」 「如何にも道を広〳〵と。」(㋯ト云乍、太刀ヲ左リヘ持カヘ、扇ヒラキ、サシ廻シ。) 「そちへ。」(㋯向ヘサシ。) 「此方へ。」(㋯扇ニテマネク。) 「候へ〳(●)〵。」(㋯拍子一ツ。) ト云、笛ザノ上ヘ行、居ル。一セイニテ、シテト連ト二人出ル。謡ノ留メ「人をあだにや思ふらん、〳〵。」ト云時、太刀持立テ、シテ柱ノキワヨリシテヘ向イ、「いかに。」 「何にて候ぞ。」 ツレ、シテ「是は放下にて候。」 「扨旁の。」 「申候ぞ。」 シテ「ふうんりうすい。」 「又其方の。」 「申候ぞ。」 ツレ「ふうんりすい。」 「扨は一人。」 「御附候か。」 シテ「いや〳〵一人はふうん今一人はりうすいと申候。」 「夫でこそ。」 「いたれ。」 シテ「さてあれ成るはいかやう成御方にて候ぞ。」 「あれこそ。」 「信俊。」ト云、口ヘ手ヲアテル。 「とは。」 「れた物を。」 シテ「いや〳〵苦しからず候。何とぞ御はからいを以、御前へ罷出か様に御取成を頼申候。」 「心得申候。」ト云、ワキノ前ヘ行、「いかに。」 「御ざなく候か。」 ワキ「近頃面白き名にて候間、頓て見うずるにて候。此方へ通し候へ。」 「畏て候。」シテノ方ヘ行向イ。 「最前の人の。」 「御通り候へ。」ト云、笛ザノ上へ行、居ル。但シ、ワキ立テ居ル時ハ、太刀持モ立テ居ル。下ニイル時ハ、下ニ居ル。扨、シテモツレモ舞台へ出、色々ニ詞アリ。団ノ一句済、弓ノ事尋テ、「されば我等も是を持、〳〵て、引ぬ弓はなさぬ矢にてゐる時はあたらずしかもはずさゞりけりと、か様に読歌もあり、しらずな物なの給ひそ、〳〵。」ト云時、太刀持ツヾイテ、「そちが知らずはこちも知まい。」 ワキ「扨放下僧はいづれの祖師せんぼうを御つたへ候ぞ。面々の宗体が承度候。」ト、シテ、ワキ、シカ〳〵有リテ。 ワキ「扨かうしやうの一路はいかに。」 ツレ「切てさんだんとなす。」ト云トキ、ワキキメル。太刀持「あゝ。」ト留ル。 シテ「しばらく、切てさんだんとなすとは、禅法の詞なるをおさわぎ有るこそおろかなれ、何と只中々にいは手の山のいわつゝじ色には出じ南無三宝、おかしの心の心や。」ト云時、太刀持ツヾイテ、「そちがおかしけれこちもおかしいよ。」 「いや〳〵禅法の詞にて有間苦しからず候、近頃面白きものにて有間、路次を伴ふずる由申候へ。」 「畏て候。」ト云、シテヘ向イ、「いかに旁。」 「号御入候へ。」 シテ「やかて参らふずるにて候。」ト云、本ノザヘ行、居ス。切ニワキ切戸ヨリ入、ツヾイテ入ルナリ。 烏帽子折 初ワキ二人出ル。子方出、ワキト掛合、詞アリ。道行ノ留、「鏡の宿に着にけり、〳〵。」ト云時、子方、太コザヘツヾク。爰ニテ早打、杖ツキ出、シテ柱ノ先ニテナノル。 早打「扨も〳〵難義。」(㋯一ノ松ノ先キヨリ云時。) 「急で参ふ。」ト云テ、ワキ正面ヲミル。 「やあ〳〵。」 「先戻るぞ〳〵。」ト云乍、入ル。子方、立テ詞有。シテヘカヽル。シテ出テ詞アリ。舞台ヘ入リテ、詞永々トアリテ、地取ニナル。爰ニテ宿借シ、片幕ニテ出、太コザニ居ル。扨、烏帽子折仕廻、ツレ女出テ、シテト詞アリ。謡ニナリ、シテ女、中入スル。子方トワキト道行アリ。「赤坂の宿に着にけり、〳〵。」爰ニテ吉六、案内ヲコフ。宿カシ、一ノ松ヘ立。橋懸リヨリ案内コハヾ、シテ柱ノキワニ立。 \「いかに此内へ案内申候。」 「誰にて渡候ぞ。」 ワキツレ「只今下向申候。いつものごとく宿をかして給り候へ。」 「中々。お宿。」 「御通成され候へ。」 ツレワキ「心得申候。」ト云、ワキザニツクト、宿カシ、一ノ松ニ立。「やあ。」 「急で申上ふ。」ト云、ワキノ前ヘ出、下ニ居テ、吉六ニ向イ云。「いかに申上候。」 ツレワキ「何事にて有るぞ。」 「今晩。」 「御用心成され候へ。」ト云、切戸ヨリ入ル。子方、ワキノ前ヘ行テ、詞アリ。諷ニナリ、「あらわしぎぬの妻戸をひらきておきつ白浪打入るを遅しと待居たり、〳〵。」ト、早鼓ニナル。強盗三人、松明腰ニサシ出ル。 強盗ヲモ「つゞけ〳〵。」 ツレ二人「心得た。」 ヲモ「〳〵。」 ツレ「〳〵。」ト云乍、ブタイ一ペン廻リ、ヲモ真中ニ立ツ。ツレ左右ニ立。 「か様に。」 ヲモ「先に((ママ))おりやれ。」 ツレ二人「心得た。」 三人共、下ニロクニ居ル。 「先都に。」 「おりやれ〳〵。」ト云、立テ、廻ル。 二人「心得た。」 「御褒美を戴ふとも。」ト云乍、橋懸リ一ノ松ニ、三人共立留リ。 ヲモ「程のふ是じや。」 ヲモ「夫ならば見てこふ。」 二人「急で見ておりやれ。」 爰ニテ、ヲモ、シテ柱ノキワヘ行、両手ニテサグリ〳〵妻戸ヲノゾク躰ヲシテ。 ヲモ「喃々、様子。」 「火をとぼそふ。」 「よふおりやらふ。」ト云、三人共ニ後ロヘ向、松明ヲヌキ立テ、正面ヘ向、尤松明ヲフル。 「扨も〳〵。」 ヲモ「急で見ておりやれ。」 ツレ、松明ヲフツテ、サグリ〳〵出。妻戸ヲ入ルテイヲシテ、松明ヲ左リニ持カヘ、右ノテニテ刀ノツカニカケ、方々ヲ松明ニテサガシ見、牛若ヲ見付、ヲドロキヲソルヽ所作有。右ノ内、残ル二人詞。 ヲモ「独やるは。」 又ツレ「おしやる。」 「心元なふおりやる。」 ツレ、ヲソレ乍、ヲモへ((ママ))方ヘキテ。「のふ〳〵。」 「随分見届ておりやれ。」 又ツレ「心得た。」ト云テ、初メノ通リ松明左リニ持、フツテ方々ヲ見合。シヨサ色々アリテ、牛若ヲ見付、フルイヲドロキ、松明ヲナゲヤルトキ、牛若切ツテヲトス。コケマロビナガラ、一ノ松ヘニゲクル。右シヨサノ内二人詞。 ヲモ「仕損じね。」 「心元なふおりやる。」右ノ外、相応ノ詞云、居ルガヨシ。 又ツレ「のふ。悲しやの〳〵。」 ヲモ「やい〳〵。」 ツレ「心をはつた。」 「何としたぞ〳〵 〳〵。」両人左右ノ手ナド持、引ヲコシ乍、云。 又ツレ「はあ。何かは。」 又ツレ「ぬかるまいぞ。」 「ぬかる事ではない。」ト云、見ニ行、初メノ通リ色々シヨサ見合。牛若ヲミ付、ヲドロキフルイ、松明ヲ牛若ノ足元ヘナゲヤル。其儘フミケス。右ノ内、残ル二人 詞「見届ければ。」 又ツレ「心元なふおりやる。」 右ノ外、相応ノ詞。ツレ「のふ。おそろしやの〳〵。」 「呼でこう待て居さしませ。」ト云乍、ニグルヲ、両人シテトラヘ。 ツレ二人「あゝ。是々」 「余の者を呼ふでこふ。」ト云、初メノ通リ。 二人「これ〳〵はて扨。」 「見ておりやれといへば。」ト云乍、二人シテ、ヲモヲツキコカス。ヲモ起上リテ。 ヲモ「夫ならば。」 「あゝ。是はこわ物じやが。」ト云乍、初メノ通、見ニ行。目付柱ノ方ヨリ見廻シ、コロビナドシテ、中返リ、シヨサアリ。牛若ヲ見付、フルイ〳〵松明ヲナゲ、ホウル。牛若、中ニテ松明ヲ左リノ手ニトリテ、直ニナゲルヲ、トロウトスルトキ、牛若、太刀ニテ切ル。ドウトタヲシ伏ス。尤、ブタイ真中ニウツムキニ、タヲルヽ。右ノ内、両人詞「手柄を。」 又ツレ「心元なふ。」 ツレ「殊の外。」 又ツレ「おしやる通り不思議な事でおりやる。」右ノ外、ソウヲウノ詞。ヲモ切レ、タヲレテ。 ヲモ「のふ悲しやの〳〵。」 ツレ「是はいかな事。さこそ打擲に逢ふたそふな。」ト云乍、両手ニテサガシ〳〵、両人共ニ尋行。ヲモノタヲレルニツマヅキ、向フヘ飛越、引ヲコス。又ツレモ手足ニテサグリテ、両人シテ引立ツル。ヲモヤウ〳〵トヲキル。ヲモ「のふ。かなしやの〳〵。」 「深手ではないか見てたもれ。」 両人セ中ヲ手ニテナデ乍、「いや。のふ〳〵。」 「よふおりやる。」ト云テ、ツレ、ヲモノセ中ヲ一ツ強クタヽキナガラ。 ツレ二人「南無三宝。」 「病が有らば。」 ヲモ、ウツムキニ、ドウドタヲレナガラ。 ヲモ「のふ悲しやの〳〵。」 「触て追((ママ))ふぞ。」 又ツレ「心得た。」ト云、引立、肩ニカケテ連テ、入ナガラ。 又ツレ「のふ〳〵。」 又ツレ「さあ〳〵おりやれ〳〵。」ト云乍、入ル。ツレハシテ柱ノ先キヘ立テ、ワキ正面ヲ向。「やあ〳〵。」 「出られ候へ〳〵。」ト云、フレテ入ルナリ。 摂待 口明 「か様に候者は、佐藤殿の御内申仕へ申者にて候。扨も頼み申人の何と思召候やらん、山伏摂待を御企(クハダテ)あり、高札と上られ候間、今日も山伏達の御通り候はゞ、罷出留申さばやと存候。」(㋯橋懸リヘ立。) 「扨も〳〵夥敷貝の音哉。いか様山伏達も御着にて御座あらふずる。急で留申さふ。」(㋯舞台へ出、山伏ヲ見テ。) 「いや是は大勢御着にて候。先皆々内へ御入候へ。」ワキ正面ヘヒラキ。「急ぎ此よしを申上ふずる。」 幕ヘ向イ。「いかに鶴若殿。山伏達の大勢御着にて候間。とう〳〵御出候へや。」(㋯下ニ居テ。) 「御前に候。」 「参候、拾二人御着にて候。」 「尤に候。」子方ト入替り、幕ヘ入ル。 (藍染川) シカ〳〵。 「誰そ物申さふといふは。いや左近尉にて有るか。」 シカ〳〵。 「神主殿は持仏堂に看経をなさるゝが、其持たるは何方よりの文にてあるぞ。」 シカ〳〵。 「其文をば童持て参らふずる。」 シカ〳〵。 「いや〳〵苦しからず候。」 「頓て御目に懸ずるが((ママ))。夫に暫待候へ。」 ○「いかに左近尉。唯今の文を御目に懸たれば、頓て返事の有ぞ。慥に届候へ。」 シカ〳〵。 「扨其女房は子を連て来るか。」 シカ〳〵。 「其親子の者は何方に居ぞ。」 シカ〳〵。 「神主殿は殊の外御腹立にて有る程に、其女も子も、急で此在所を追失ひ候へ。」 シカ〳〵。 「一時も早く追出し候へ。」 「いかに誰か渡り候。」 シカ〳〵。 「さん候。神主殿へ申上べき子細候ひて参りて候。」 シカ〳〵。 「参ン候。都より女性旅人の一人某がやに御とまり候が、此文を神主殿へ参らせよと申され候。」 シカ〳〵。 「夫は恐れがましう候。」 シカ〳〵。 「心得申て候。」 シカ〳〵。 「参ン候。幼き人をつれ申されて候。」 シカ〳〵。 「いまだ某の屋に御座候。」 シカ〳〵。 「言語道断。左様の事は何とも存ぜず、旅人の事にて候程に、留申て候。」 シカ〳〵。 (㋪「皆々追失申さふずるにて候。」) 「心得申候。」 遺形書 五六(表紙題箋) 遺形書 五(内題) 春栄 鉄輪 唐船 正尊 葵上 蟬丸 七騎落 俊寛 巻絹 調伏曾我 小袖曾我 元服曾我 禅師曾我 土車 竹雪 国栖 檀風 大江山 摂待 木賊 行家 鐘引 水無瀬 橋立龍神 会釈問((ママ)) 九 春栄 初子方春栄出テワキ座ニ居ル。太刀持ワキノ供ニテ出ル。脇名ノリ済テ呼出ス。「いかに、誰かある。」 「御前に候。」ワキ「囚人のゆかりに対面は禁制にて候により、其分心得候へ。」 「畏て候。」ト云、笛ザノ上ニ居ス。シテ種直、ツレ小太郎次第ニテ出、道行過テ、ツレ一ノ松ヨリ案内乞フ。「いかに此内へ案内申候。」太刀持立向。 「誰。」「候ぞ。」ツレ「囚人の奉行、高橋殿の御館は何国にて候ぞ。」 「則。」「にて候。」ツレ「是は春栄殿のゆかりの者にて候が、高橋殿へちと御目に掛り度事の候ひて、是迄参りて候。其由御申有て給り候へ。」 「御出。」「待候へ。」ツレ「心得申候。」太刀持ハ子ノ前へ行居リテ、 「いかに。」「仰(おおせ)られ候。」ワキ「何とて禁制の由は申さぬぞ。」 「禁。」「扨申上候。」ワキ「実に汝が申ごとく、春栄殿の事は別て痛申候間、対面せふずるにて有ぞ。乍去大法の如く太刀を汝預り候へ。」 「畏て候。」ト云ツレノ方ヘ行、 「最前の。」「候か。」ツレ「是に候。」 「一段。」「申さふずる。」ツレ「心得申し候。」ト云、シテトツレト詞アリテ、太刀ト刀ヲ持出ワタス。ツレ「さあらば太刀刀を参らせ候。」 「旁。」「そふずる。」連モ刀ヲトリテワタス。皆後見座ニ置、立テ、 「号々。」「候へ。」ト云笛ノ上ヘ行居ル。但シ持タル太刀ヲ地謡ノ前ニヲク。シテ、ワキト永々モンダイアリ。クリ、サシ、曲アリテ早打出ル。右済テ、ワキ太刀ヲステルト、狂言立テ太刀ヲトル。ワキ免状ヲヨミテ、春栄タスカリ、又少シ謡有リテ、ワキ詞ニナル。「いかに種直に申し候。御前に申ごとく、春栄殿の御事、天晴御命も助り給り候へかし。申請参り一跡をつかせ申度との念願叶ひて候上御給り候へ。」シテ「実此上は参らせ候べし。」ワキ「如何に誰か有。」 「御前に候。」ワキ「種直に太刀刀を参らせ候へ。」 「畏て候。」刀ヲトリニ行、後見ヨリ刀ヲ持出テ、シテニ向、 「一段。」「参らせ候。」ト云テ、種直も前ニ刀ヲ置、太鼓ザヘ引居ル。能済テワキノ供ニテ入ルナリ。 鉄輪 口明、囃子方座ニ着トキ仰出テ、シテ柱ノ先ニ立ツ。 「か様〳〵の。」「と存候。」ト云笛ザノ上ニ居ス。シテ出ル。次第道行済、腰カクル事モアリ。下ニ居ル事モアリ。右道行済比ニ立テ、 「されば。」「申渡そふ。」ト云、シテニ向イ下ニ居テ、尤片ヒザ立テ、 「いかに申。」「御事に候。」シテ「是は思ひも寄らぬ仰にて候。わらはが事にては有まじく候。定て①たがいにて候べし。」 「いや。」「心得候へ。」ト云捨テ、直ニ入ルアリ。尤シテ後口大小ノ前ニ通ル。シテ「是はふしぎの御告哉、先に我やにかへり御むさうのごとく成べしと。」ト云、諷少し有テ中入スル。 ①「人」が脱字か。 唐船 太刀持ワキノ供ニテ出ル。ワキ名乗済テ呼出ス。ワキ「いかに誰か有る。」 「御。」「候。」「祖慶官人に牛引野飼に出よと申し候へ。」「畏て候。」ワキザニ着、太刀持シテ柱ノ先ニ置。 「やあ〳〵 〳〵。」(㋯ワキ正面ヘ向。)ト触テ笛座ノ上ニ行居ス。唐人船持出一ノ松ノアタリヘ直ス。柱ヲ立テ供ニノリ居ル。子方二人一セイニテ出、舟ニノル。諷アリテ子方呼出ス。子「いかに誰か有る。」 「御前に候。」子方「此所にて箱崎殿の御館を尋て、祖慶官人いまだ存生に候はゞ、数の宝にかへ帰国せうずるよし申、箱崎殿に対面したきよし申し候へ。」 「畏て候。」ト云舟ヨリ上リ、シテ柱ノ先迄出ル。唐童云テ、 「如何に。」「申候。」太刀持立向テ、 「誰。」「心得申候。」太刀持ワキノ前ヘ行、下ニ居テ。太刀持「いかに。」「申し候。」ワキ「何と祖慶官人が子に、そんしそゆうと申候へ、参に対面したきよしを申候。」 「参ン候。」ワキ「対面せうずるにて候ぞ、其由申候へ。」 「畏て候。」唐人ニ立ムカイ、 「最前。」「心得申候。」太刀持、笛ノ上ヘ行居ル。唐人ハ子方ニムカイテ、 「左有ば。」「候へ。」子方二人舟ヨリ上リ、ブタイヘ入ル也。唐人舟ヲシマイ、柱モヌキ、内ランカンヘ立、カケヒキ。太コザニ居ス。扨ワキト子方詞アリテ、子方「さらば是に待申そふずるにて候。」ト云、太コザヘクツログ。ワキ呼出。ワキ「いかに誰か有る。」 「御。」「候。」ワキ「祖慶官人野飼より帰候はゞ言伝あり、帰れと申し候へ。」「畏て候。」ト云シテ柱ノ先キニ立。 「いかに。」「候へや。」ト云、笛ザノ上へ居ス。扨シテト日本ノ子二人出、サシ小謡ロンギアリ。ブタイヘ入リテ、ワキトシカ〳〵アリ。諷ニナリ、「たうとや、箱崎の神も納受し給ふか。」トウタフ時、唐人立テ、シテノ方ヘ行、下ニ居テ、尤子方ソンシニ云、 「如何に。」「候へ。」ト云捨テ、太鼓座ヘ引居ル。扨シテトワキ諷アリテ、諷ニナリ曲アリ。曲留メノ済比迄ニ、舟ヲワキ正面ヘ持出直シ、帆柱ヲ立、供ニノリ居ル。尤両手ヲ組テ、ロクニ居ルナリ。扨ミナ〳〵舟ニ乗リテ楽スミ、切ノ謡。「帆を引つれて舟子ども〳〵は。」ト云トキ、帆ヲ上ル。能済シテ皆々舟ヨリ上ルト、帆ヲ引ヲロシ柱ヲヌキシマイ、舟ヲ持入ルナリ。太刀持ハワキノ供ニテハ入ル。 一、宝生流ニテハ、シテ出サシ、小謡ロンギ済テ、シテブタイヘ出ルト、太刀持シテニ向イ、「いかに祖慶官人野飼より御帰候はゞ、うしの門より御入あれとの御事にて候間、其御心得候へ」ト云也。 正尊 囃方座ニ着、義経、静、連男出、ワキ座ニ並居ル。ワキ弁慶出ル。女ツトイテ、ワキノ跡ヨリ出、太鼓座ニ居。 脇名ノリ過テ、シテ正尊呼来リ、義経トシカ〳〵有リ。起請文済テ、静舞アリテ、諷ニナリ、シテ中入。ワキ女呼出ス。ワキ「いかにはしための〳〵有か。」 「御前に候(さむらう)。」ワキ「汝は土佐が旅宿を見て参り候へ。」「心得てさむらふ。」ト云シテ柱ノ先ニ立。 「扨も〳〵 。」「と存候。」ト云乍一ノ松ノアタリヘ行、幕ノ方ヲ見テ、 「参候然に。」「此由を申そふ。」ト云ワキノマヘニ行、下ニ居テ。 「いかに。」「され候へ。」ワキ「汝は女なれ共、ゆゝしき事にて有ぞ。先汝は夫にてやすみ候へ。」「畏てさむらふ。」ト云直ニ幕ニ入ルナリ。 葵上 連脇大臣出、名乗リ。神子謡有リ。シテ一セイニテ出ル。間初同ニテ出ル。尤片マク太コ座ニツク。シテ物着ニテ、ツレ脇呼出ス。ツレ「いかに誰か有る。」 「御前に候。」「汝は横川に登り、小聖人((ママ))参り、葵上の御物の化、以の外に御座候間、急ぎ御出有之加持あれと申候へ。」 「畏て」「候。」ト云シテ柱ノ先ニ立テ、「急ぎ横川へ参り申そふずる。」「此間各の(㋯右ヲ見返ル)寄合せられて。」「急ぎ申そふ。」ト、シテ柱ノキワヨリ幕ノ方ヲミテ。 「いや参程に。」「案内申候。」ワキ出、謡アリ。「案内申さんと云はいか成者ぞ。」「大臣よりの。」「参じて候。」ワキ「①文((ママ))は何の為の御出にて有ぞ。」 「葵の上の御事に候。」ワキ「此間は別行の子細有て参らず候。大臣よりと承り候間、参らふずるにて候。先汝は先へ行候へ。」 「さあらば。」「そふずる。」ト云大臣ノ前ヘ行、下ニ居テ、 「小聖の。」「にて候。」ツレ「心得て有る。」ト云太鼓座ヘ行。 ①「夫」の誤字か。 蟬丸 初ツレ蟬丸、ワキ清貫、次第道行過テ、詞謡モンダイ、長々ト有テ初同ニナリ、「琴琵((ママ))をいだきて、杖を持、伏まろびてぞ泣給ふ〳〵。」爰ニテ、ワキ中入スル。間ツヾイテ出、シテ柱ノ先キニ立。 「是は。」「申さふずる。」ト云、蟬丸ノ前ニ下ニ居、ヒザ立居テ出。観世ニテハ作物大臣柱ノキワヘ出ル。 「いかに。」「御入候へ。」ト云蟬丸ノ手ヲトリ、作物ノ戸ヲ明ケ内ヘ入ル。杖ヲ望ミニ任セ①着宗ノ通リニ直置、戸ヲタテ、「是にて。」作物ノ前ニ居テ云共、片ヒザ立テ手デツキテ立、 「申上ふずる。」ト云直ニ入ルナリ。 ①「着宗」は水野文庫蔵『鷺流間の本』では「差図」。 七騎落 狂言ヨリ後見出シ、舟持出ル也。 初メシテ、実平、其外ツレ皆々次第ニテ出ル。名ノリ過テ、皆々座ニ着、詞アリテ謡ニナリ、遠平太鼓座へ行。右諷済比ニ狂言後見舟持出テ、一ノ松ノアタリニ直ス。但シ一セイアラバ、一セイノ内ニ舟出ス。何レトクト云合、舟出ル様ワキヘ聞合スベシ。脇ノ供ニテ間出ル。号((ママ))舟ニノル。間モトモニノリテ、カイザヲ持、ワキ一セイ謡。「弓張月の西の空、行ゑ定めぬ舟路かな。」右ニツヾイテ二ノ句謡テ、 「立波風。」 「じや。」ワキ「あれに見へたるが御座舟にて有げに候。急で舟を出候へ。」 「畏て候。」扨シテワキ詞モンダイアリテ。ワキ「此上命有ても何かせん。いで〳〵自害に及ばんと、腰の刀に手をかくる。」 「あゝ。」「かし。」ト云乍、ワキヲトメル。又シテトワキ詞シカ〳〵アリテ、ワキ舟ヨリ上ル。供ツヾイテ上リ太コザニ居ル。狂言後見舟持入ル。ワキ弓矢捨方ハ舟ト一所ニ持テハ入ル。尤弓矢トリ入ル事頼ニナクハ捨置ベシ。能済テ、間ワキノ供ニテ入ル也。 俊寛 間脇ノ供ニテ出ル。ワキナノリ済テ呼出ス。「いかに誰か有る。」 「御。」「候。」ワキ「鬼界が嶋へ渡ふずるにて有るぞ。」 「畏て候。」ワキ中入スル。ツヾイテ入ル也。次第ニテツレ二人、成経、康頼出ル。次第道行過テ座ニ着、シテ一セイニテ出、ツレトモンダイアリテ、問答ニナリ、右諷済比ニ間船持出、一ノ松ノアタリニ直ス。供ニノリ、カイ棹持下ニ居ル。ワキ出舟ニノリ、一セイ謡フ。ワキ一セイ「はや舟の心に叶ふ、追手にてふな子やいとゞいさむらん。」トウタフトキ、ツヾイテ間詞。 「御急。」「候へ。」ワキ「心得て有る。」ト云舟ヨリ上リ、ブタイヘ入ル。間舟ヲ内ランカンヘ立カケラレ、太コザニ居ル。扨ワキトシテ詞アリ。曲過テ曲留メノ前ニ舟ヲシテ柱ノキワヘ出ス。但シ舟トリ直シ、トモノ方綱ノツキタル太刀ヲブタイノ方ヘ出ス。尤綱ヲトキ、シテ柱ノ先迄ノバシ置也。舟置様、ツナトモニトクト、太夫ヘ聞合ベシ。扨舟置シマイ、太コザニイル。ワキ舟ニノリ、棹狂言ヨリモタスル。又引居ル也。切リツレ二人ワキ舟ヨリウク。諷ノ内ニ入ル。ツヾイテ舟持入ルナリ。 巻絹 太刀持ワキノ供ニテ出ル。名ノリ済テ呼出ス。「いかに誰かある。」 「御前に候。」「都より巻絹を持て参り候て((ママ))、此方へ申し候へ。」 「畏て候。」ト云笛ノ上ニ居ル。シテ連、次第道行過テ、詞謡少シアリテ、一ノ松ヘ行テ案内乞フ。ツレ「いかに案内申候。」太刀持テシテ柱ノキワニ立向フ。 「誰にて。」「候ぞ。」ツレ「都より巻絹を持て参りて候。此由御申有て給り候へ。」 「さ有ば。」「候へ。」ト云ワキノ前ヘ行、下ニ居テ。 「如何に。」「申候。」ヲモ「此方へ通し候へ。」 「畏て候。」ト云ツレニ向。 「最。」「御事に候。」ト云本ノ座ヘ到イル。ツレワキノ前ヘ出、詞アリテ、初同、「其身の科は逃れじと〳〵。」爰ニテ呼出ス。 ワキ「いかに誰かある。」「御前に候。」 ワキ「彼者もいましめ候へ。」「畏て候。」ト云ツレノ後ロヘ行。太刀ヲ下ニ置テ、タモトヨリ縄ヲ出シ。 「ぞ。」「まいり。」ト云乍縄ヲカケル。尤一ツムスビヲク。太刀ヲ持テ元ノ座ヘ行居ス。能済テ脇供ニテ入ルナリ。 調伏曾我 「あゝ勿体。」「申て候。」 一 右ノ間ニテハ、供ト能力二人ニテ候。調伏曾我ノ能荒増左之通ニ候へバ、中入テ節シヤベリ間ニテ、可然哉。左候ヘバ、長上下ニテ皆ヘ カルベク、尤長上下ニテハ右ノ通ニテハ文句悪敷可有。猶トクト聞合相致可申事。 頼朝、北条、宇都宮、小山判官、小笠原、和田、梶原、景時、景末、叔父工藤。但シ工藤ハシテ也。 皆々座ニ着、謡ノ内ニ納ル。箱王、箱根別当二人出、橋懸リニテ、イヅレモノ名字ヲ尋ル。工藤市郎ト云ヲ聞テ、カタキ打ツべキ気色アリ。箱根別当留メ、シテ工藤箱王ヲ連テ来テ、舞台へ出、河津殿ハ某討不申由ヲ云。箱根別当ハ太鼓ザノ後ロへクツログ。此時ニ間出テ座ニ着ガヨシ。頼朝、北条、其外皆々中入アリ。児箱王カタキヲネラウテイアリ。別当トヾムル。又二人共ニ中入アリ。間立テシヤベリ云。間済ンデ後、屋二ツ出ル。脇ザニ一ツ、大小ノ前ニ一ツ出ル也。ワキザノ台ノ上ニ、セウギノ上ニ黒頭ヲ乗セテ置、後僧ワキ三人、シテハ不動ナリ。 小袖曾我 初ツレ女出ル。狂言女右ツレ女ニ付出、笛座ノ上ニ居ス。シテ祐成ツレ時宗、次第道行過テ案内乞フ。女立向フ。 シテ「いかに案内申候。」 「誰。」「候(サムラウ)う。」「なく候か。」シテ「参候、某が参りたる由申候へ。」 「大方。」「べきぞ。」シテ「唯某が参りたると申し候へ。」「更ば。」「ずる。」ト云テ連女ノ前ヘ行、下ニ居テ。 「いかに。」「にて候。」女「此方へと申せ。」「畏て候。」シテノ方ヘ行、向イ。 「其由。」「通り候へ。」ト云、先ノザニ行居ス。扨シテト母トシカ〳〵有。諷ニナリ時宗母ノ前ヘ行フトスルヲ追出サレ、又橋懸リヘ行。シテ「扨御機嫌は何と御座候ぞ。」時「以の外の御機嫌にて、猶重ての御勘当と仰出されて候。」女「いかに誰か有る。」ト呼出ス。狂言女「御。」「候。」母「時宗の事を申さば、祐成共に勘当と申候へ。」 「畏て候。」シテニ向「いかに。」「仰られ候。」 シテ「先畏りたると申候へ。」 「心得申候。」ト云乍座ニイル。能済テ母ニツキ入ルナリ。 宝生流ニテハ間ノ女無之。男ツレニテ相済候。 元服曾我 能力、ワキノトモニテ初ニ出、太コザニ居。シテ十郎、団三郎ツレ也。次第道行過テ、団三郎案内ヲ乞フ。 団三郎「いかに此御坊へ案内申候。」 「誰にて渡候ぞ。」 ダン三郎「唯今祐成の御登山にて候。其由御申候へ。」 「さ有ば。」「御待候へ。」 ワキヘ向イ「いかに。」「にて候。」ワキ「何と祐成、御登山にて有と申か。」 「さん候。」 ワキ「頓て御目に懸らふずるにて有ぞ。此方へと申候へ。」 「畏て候。」シテへ向イ、「いかに。」「申され候。」ト云元ノ座ヘ行居ル。扨シテ、ワキシカ〳〵有。謡ニナリ又詞ニナリテ、「箱王を此方へ召され候へ。」ワキ「心得申候。いかにのうりき。」 「御前に候。」 ワキ「箱王殿に此方へ御出あれと申候へ。」 「畏て候。」箱王ニ向イ、「いかに。」「御出候へ。」ト云、元ノザニ居ル。扨ワキ箱王ト詞アリテ、謡ニナリ、ロンギ済テ、又詞アリ。サシ過テワキ橋懸リヘ出、呼出ス。ワキ「いかにのうりき。」 「御前に候。」太刀ヲ持テ。 ワキ「祐成が何程行給ふべきぞ。」 「さん候。」「存候。」ワキ「祐成に申べき由の候ひしを、はたと失念して有間、追付申さふずるにて有ぞ。汝はさきへ行て何方に御出候ぞ。留候へ。」 「畏て候。」「申し候。」 ダン三郎立テ「誰にて渡候ぞ。」 「別当の。」「給り候へ。」 ダン三郎「いかに申候。別当の是にて御出にて候。」シテ「何別当の是迄御出と申か。此方へ御入あれと申候へ。」ツレ「畏て候。急て此方へ御座候へ。」「別当に重代の太刀。」ト云時太刀ヲ脇ヘ渡ス。扨シテ、ワキ立合詞アリテ「いで〳〵元服給はん」トテ、能済テ、ワキニツキ入ルナリ。 禅師曾我 土車 能力「善光寺に着にけり〳〵。」 「是へ物狂が」 又云替 「候へ。」此語前ノ通リ。 右土車ノ勤方相分リ兼、又得ト相記可申事。 竹雪 囃子方座ニ着ト、狂言女二人出、ヲモハ笛ザノ上ニ居ス。次ギ女ハ太コ座ニ居、ワキ出テ名ノリスミ、カヽル。 ワキ「いかに渡り候、誰か。」女立向フ。ヲモ女「何事にて候ぞ。」ワキ「さん候、唯今よび出し申事余の義にあらず。某は去宿願の子細候て、二三日の間物詣仕候。其留守の中、月若を能々痛はりて給り候へ。又此国は雪深き所にて候。降積り候へば、四壁の竹の損じ候。殊に此程は何とやらん雪気に成て候間。自然雪降候はゞ、召れ候者共に仰付られ候ひて。あたりの竹の雪を払わせられ候へ。」 「何と物詣。」「思召され候へ。」 ワキ「いや幼き者の事にて候程に。か様に申候、さらば軈て下向申さふずるにて候。」ト云ワキ中入スル。女シテ柱ノ先ニ立。 「のふ腹立。」「いふたと見へた。」ト云幕ヘ向「いかに月若の候か。」子方月若出ルト、女手ヲ添ブタイヘ出ル。 「父御は。」「のふ腹立や〳〵。」ト云月若ヲ打ツテイヲシテ、拍子ナドフミ腹ヲ立ツルテイアツテ、笛座ノ上ニ居ル。子方謡アリ、シテサシ謡テ、子方シテ女ノ前ヘ行、詞アリテ、諷ニナリ「親子ならではかくあらじ、〳〵。」トウタフトキ、ヲモノ女立テ。 「荒ふし」「誰か有。」次ノ女太コ一座ヨリ立テ出ル。 次女「御前に候。」「畏て候。」ト云テ太コザニ子方居ルニ向イテ。「いかに申。」「急で御参り候へ。」ト云、月若ヲツレテ、ヲモ女ノ前ヘ行。 「いかに申候。」「参り(に)て候。」ト云太コ座ニ居ル。 ヲモ女「いかに月若。」「腹立や〳〵。」ト云強クシカリテ、直ニマクヘ入ル。子方謡アリ。「思ふ甲斐なき月若は、終に空敷成にけり、〳〵。」ト云ウタイ過テ、タヲルトキ、次ノ女一ノ松ニ立テ。 「やあ〳〵。」「申さふずる。」ト云テ幕ヘ向イ。 「いかに母御の。」「御参り候へ。」ト云太コザニ居、能済テ入ルナリ。 国栖 ヲモ鎗ヲ持。ツレ弓ヲ持。 初、ワキ一セイニテ出。道行過テ座ニ着。シテ出舟ニノリ、詞謡アリテ舟ヨリ上リ脇ト詞アリテ、天皇ヘ魚ヲアタヘ、供御ノ残リヲ尉ニタマワレト云テ、吉野川ヘ放チ、謡アリテ早鼓ニナリ、シテトウバト舟ヲ持出、子方ヲ隠シ舟ノソバニ両人ツキ居。爰ニテ間早鼓ニテイヅル。 「やるまいぞ〳〵。」「逃すまいぞ〳〵。」「〳〵。」「〳〵。」ト云乍ブタイ一ペン廻リテ、両人ワキ正面ニ立ツ。 「いやのふ〳〵。」「いたぞ知らぬる。」 シテ「何清見ばら候。きよ見ばら候ならば、あの河下へ引れ。」 「いや耳が。」「知りぬるいやひ(㋯引ヲハル)。」 シテ「何清見原の天皇とや。天皇にてもたゞ人にてもあれ、何しに是まで清見ばら。あら聞なれずの人の名や。惣じて此山は都卒の内陸にもたとへ。」 ツレ「又は五台山しやうりやうせんとてもろこし迄も。」 シテ「遠くつゞける吉野山。かくれが多き所成を、いづく迄か尋給ふべき。はや是迄ぞ、とふ帰らしめ。」 「扨は知らぬと。」「何としたる事ぞ。」 シテ「是は干舟ぞとよ。」 「干す舟なりとも(㋯ト云乍鎗弓矢ニテセメル。)さがいて見う(㋯二人一所ニ云)。」 シテ「何此舟をさがすとや。猟師の身にては、船をさがされたるも家をさがされたるも同じ事ぞかし。身社いやしう思ふとも、此所にてはにつくいしうとよ。誠狼藉をいたさば。孫もあり老も有。あの谷々峯々より思合て、あのらうぜき人を打とめ候へ〳〵。」 「あゝ静まれ〳〵(㋯手ニテマネク。)。」 「心得た〳〵。」ト云乍入ル。 檀風 太刀持、ツレ、ワキ、本間ノ供ニテ出ル。本間名乗リ済テ呼出。本間「いかに誰か有。」 「御前に候。」本「昨日都より飛脚立て、資朝卿を急ぎ誅し申せとの御事にて候間、明日浜のうは野にて誅し申①し。今夜斗の事なれば、いかにも番をかたく申付候へ。又囚人のゆかりに対面は禁制にて有ぞ。其分心得候へ。」 「畏て候。」ト云太コ座ニ居ル。シテ資朝、本間ヨリ先ヘ何モナシニ出、笛ザノ上ニ牀机ニ掛居ル。△(㋯ワキ客僧子方)○梅若次第ニテ出ル。道行詞済テ一ノ松ヨリ案内乞フ。「いかに案内申候。」 「誰にて渡り候ぞ。」ワキ「囚人の奉行本間殿とは、此の館にて候か。」 「参ン候、本間殿の館にて候。」ワキ「是は都②熊野、なぎ木の坊に帥の阿闍梨と申山伏にて候。又是に渡り候おさなき人は、壬生の大納言資朝卿の御子息、御名をば梅若子と申候。父様に今一度御対面有度とて遥々是迄御下向候。此よし、本間殿へ御申有て、資朝卿へ対面させ申されて給り候へ。」 「御出尤には。」「叶ひ候まじ。」 ワキ「仰は去事にて候へども、はる〳〵と下向申て候間、御心得を以て御申有て給り候へ。」 「さあらば。」「御待候。」 ワキ「心得申候。」太刀持本間ニ向フ。 「如何に申上候。」「仰せ候。」 ワキホンマ「何とて禁制の由は申さぬぞ。」 「禁制の。」「扨申上候。」 ワキホンマ「実に汝が申ごとく、囚人のゆかりに対面はかたく禁制にて候へども、資朝の御子は常より痛申候間、そと対面申さふずるにて候。此方へと申し候へ。」 「畏て候。」ト云ワキノ方へ行ムカイ。「最前の人の渡り候か。」 ワキ「是に候。」 「一段の。」「御通り候へ。」 ワキ「心得申候。」ト云、太刀持笛座ノ上ヘ行居ル。扨ワキト本間ト詞アリ。シテ、サシ謡アリ。本間トシテ掛合詞アリ。地トリロンギ過テ又詞ニナリ、本間資朝ヲ打ツ。ウタヒ「西にむかひて手を合せ、南無阿弥陀仏とたからかに唱へ給へば、あへなく御頭は前におちにけり、〳〵。」爰ニテシテ中入スル。扨ワキ本間ト詞アリテ、ワキ死骸ヲ孝養シタキ由ヲ云。ホンマ「中々御心静に御孝養候へ。我等は私宅に帰り候べし。軈て御出あらふずるにて候。」ワキ「承候。やがて御館へ参り候べし。」 ホンマ「いかに誰かある。」 「御前に候。」 ホンマ「此程の番に嘸草臥候らん。皆々私宅に帰り休み候へ。参れ、臥戸に入て心静に夜をあかさうずるにて有る。其分心得候へ。」 「畏て候。」ト云本間ノ供シテ入ル也。扨ワキト子方詞③ナリ。謡ニナル。右ウタイノ留メ、「縁を飛をり逃ければ。」 追手「声々に留よ〳〵。と追欠る。」早鼓ニナル。ワキト子方、太コザヘクツログ間、早打。二人鎗弓矢持出ル国栖ノ間同断。 「一寸もやる事ではないぞ。」一ペン廻リ左右ニ立。尤ヲモワキ正面ツレ地謡ノ方。 「して是は。」「中々、早ふ行しませ。」ト云ツレ幕ヘ入ル。ヲモハシテ柱ノ先ニテ立ワキ正面ヘ向。 「いかに。」「て心得候へ〳〵。」ト云ツレテ入ルナリ。 ①「べ」が脱字か。 ②「今」が脱字か。 ③「ニ」が脱字か。 大江山 脇一セイニテ出ル。能力供ニテ出、太鼓座居ル。道行過テ呼出ス。「いかに誰か有。」 「御前に候。」 ワキ「汝は先へ行、道にふみ迷ふた体にて鬼ヶ城を見て、宿をかり候へ。」 「畏て候。」ト云太コザニ居、ワキ皆々橋懸へ行内、ラン干ノ方ニ付下ニ居ル。強力シテ柱ノ先キニ立ナノル。 「是は都。」「参て見うと存候。」ト云乍一ノ松へ行、詞△ 女箔ヲ手ニ持出テ、シテ柱ノ先ニテナノル。強力行逢ニ成ルナリ。 「毎のごとくすゝぎに参りませう。」ト云テ地謡座ノ方ヘ行、箔ヲスヽグテイアリ。尤下ニ居テ〇 「誠(△)に鬼の。」「此谷川の(㋯下ヲミル。)」「合点の行ぬ(㋯ト云乍シテ柱ノ先ヘ出女ヲミツケル。)」「先詞を懸ふ。」 〇「さらば此流。」「まま((ママ))ふ。」ト云ナガラスヽグテイアリ。 「女と申。」「なひ事でござる。」強力女ニ向イ 「のふ〳〵喃。」「心得ておりやる。」ト云笛座ノ上ニ居ル。女ハ太鼓座ヘ行、箔ヲ後見座ニ置、幕ヘ向イ。 「如何に旁々よ。」「候へや。」シテ「童子と呼はいか成ものぞ。」「山伏達の。」「仰られ候。」 シテ「何と山伏達の一夜の宿と候や。うらめしや、桓武天皇に御請申、我比叡山を出しより、出家には手をさゝじとかたく契約申せしなり。中門のわきの廊に留め申候へ。」 「心得申候。」トシテ柱ノ先ヘ行テ。 「最前の人のござるか。」強力立向フ。 「是に。」「心得申候。」女笛座ノ上へ行居ル。強力太コザニ居テ、ワキヘ向云フ。 「如何に申候、其由申て候へば。(㋯「御宿の事を申て候へば」トモ。)」「御事に候。」ト云太コザニ居ル。ワキ皆々ブタイヘ出座ス。シテモ舞台ヘ出、ワキト詞アリ。謡ニナリ、シテ作物ノ内ヘ中入スル。ワキ強力呼出ス。「いかに誰か有る。」 「御前に候。」 ワキ「汝はこざかしきものにて有る間、たばかつて童子が寝屋の鍵を預り候へ。」 「畏て候。」ト云立テ。 「扨も〳〵。」「いらるゝぞ。」 女立テ。「今のお衆は。」「事でござる。」正面ニテ両人行合。強力「いやのふ〳〵。」「心得申た。」二人共下ニ居云。 「最前は。」「やあ〳〵妻を持てござるか。のふ腹立や。」ト云乍立テワメク。 「先下におりやれ。」「腹立やの〳〵。」ト云乍下ニ居ル。女注テ「扨も〳〵。」「心得ました〳〵。」ト云ナガラ強力先キヘ立、女跡ヨリ入ルナリ。 摂待 初次第。連山伏、狂言兼房、山伏ワキ弁慶、次第道行過テ、ワキ「いかに申候。先此所に御休みあらふずるにて候。」 兼房「荒不思議や。是に新き高札の候。御覧候へ。」 ワキ「承候。何と佐藤の館にをひて、山伏摂待と候。やがて御着候へ。」 兼「いや〳〵佐藤の館は憚にて候程に、直ぐ御通りあれかしと存候。」 ワキ「是は仰にて候へ共、只知らぬ様にて着有ふずるにて候。」ト云テ、ワキ座ヨリ地謡座ノ方ニ居ナガラ、外ニ次信ノ家来一人狂言ヨリ出ル。道行ノ内ニ出、太コザニ居ル。皆々居、ブラブラシテ立ナノル。 「是は佐藤の次信の内の者にて候。いや山伏達の大勢御着にて候。此由申上ふずる。如何に鶴若殿へ申候。山伏達の御着にて候間、とう〳〵御出候へや。」 子方鶴若出テ「いかに誰か有る。」 「御前に候。」 子方「山伏達はいくたり御着有るぞ。」 供「参候十二人御着にて候。」 子方「先々出て対面申さふずるにて候。」 「尤に候。」ト云太コザヘ引居ル。扨、子方トワキ詞アリテ、シテ尼公出。サシ小謡アリテ詞ニナリ。 シテ「仰のごとく我等に①有し者なれば、大方は推量申とも、さのみよもちがひ候まじ。」 兼「か様に物申す山伏をば、どこ山伏と御覧じて候ぞ。」 シテ「先唯今物仰られつる客僧は、此御供の中にては一の老体にて御入候な。いかゞ此御供の中に年よりたる人は誰そ。や。今思出したり。判官殿の御乳女ましおの十郎権頭兼房山伏にてましますな。」 兼「年寄たるが兼房ならば、尼公を兼房山伏にて御入候か。」 カネフサ詞ニテギリ也。能スミテ、ワシノ尾ヨリ入。 ①「御内に」が抜けているか。 木賊 「是に候。」「心得申候。先あれへこ((ママ))申さふずる。如何に申。我等は此屋の内の者にて候が。惣じて旅宿は不同((ママ))由なる物にて御座候間、何にても御用有に於ては仰付られ候へ。」 「尤に候。又唯今の老人此屋の主にて候が、ちと心中に思ひ事の有ゆへ、折々はうつゝなひ事を申て□候がか((ママ))、心得て御会釈(アイシライ)候へ。」 行家 シテ「和泉国石津の里に着にけり。」ト云宿カル。 「誰にて渡候ぞ。」「安き事、御宿参らせうずる間、奥の間へ御返り候へ。」 「是は此隣の者にて候。我等行ゑを知らぬ旅人に、お宿を参らせて候へば、朝(テウ)敵(テキ)木曾の蔵人(クランド)行家とやらんにて候。此人を告知らする輩は、如何様の御褒賞をも成さるべきとの御事なれば、忍て参り帰り忠を仕ふずる。」後ニワキノ供シテ出。シテ出、一セイ名ノリスギテ、「是が我等の宿にて候が、此内に御座候。」 鐘引 ワキ名乗過テ、能力出ル。 能力「か様に候者は、田原藤太秀郷の御内に仕へ申す者成るが、園城寺へお使を仰付られた。急て参うと存る。いや則是じや。いかに案内申候。田原藤太秀郷より、当寺への書状を持ちて参りて候。」 ワキ「何と秀郷の方より御状の有と申か。」 「さん候。先御覧候へ。」 ワキ狂言「を出」「鐘楼立候へ。」ト云事モ有也。狂言太コヲ呼出シ、鐘楼堂ヲ立ル仕方アリ。 「如何に申。鐘楼堂を立申て候。」中入間、鱗来序ニテ出ル。「か様に候者は。江州の湖水に年久しく住、鱗の精にて候。我等の是へ出る事余の儀にあらず。扨も此度田原藤太秀郷、園城寺へ撞鐘を寄進申さるゝ。其子細は、龍神に敵なひ鉄(クロカネ)の百足(ムカデ)を退治し給ふに□、龍王喜悦の思ひをなし、十種の引出物を秀郷へ参らせらるゝ。其中にもいかで妙(ミヤウ)成るは、天竺祇園精舎の鐘なり。此鐘を園城寺へ寄進有べきとて、龍神に寺中迄引付申せとの御約束にて、急ぎ鐘楼堂をこしらへ侍べきとの御事なれば、此湖水に住程の鱗は、悉く出て鐘を引申せとの仰なり。構へて其分心得候へ、〳〵。」 水無瀬 「誰にて渡候ぞ。」「参ン候為(タメ)世(ヨ)の卿と申御方。古へは此水無瀬の里の住人成るが、浮世を厭ひ妻子を振捨遁世(トンゼイ)遊ばし、今は高野に住せ給ふ。其妻女(サイジョ)は此程空しく成給ふ。今日一 ①日に当り申せば、二人の子達は打連毎日御墓へ御参有る。定て今日も御出候はん間、夫に暫く御待有て御覧候へ。」「何にても御弔の事ならば承ふずる。」「心得申候。」 ①「七」が脱字か。 橋立龍神 間ワキノ供ニテ出、太コザニ居ス。脇ナノリ過テ呼出ス。 「御前に候。」「畏て候。」「やあ〳〵皆々承り候へ。今日は天燈龍燈の御祭りにて有間、弥里人迄(まで)も其清め致され候へとの御事なれば。其分心得候へ、〳〵。」ト云テ直ニ入ルナリ。但シ此アイシライ自然入ルナリ。太刀ハ入ラズ。中入間鱗ナリ。尤来序。但シ是モ〈九世戸〉ノ間ニテ済。 摂待 調伏曾我 「御前に候。」「畏て候。」「いかに童も─今のきへきらのおそろしかつた事は。夫に付、只今箱王殿の。」「いか様不審な事でござる。乍去仰付られた程にゆ断してはいかゞな。急で檀を餝ふ。」「追欠給ふを師匠の頓ていだき留れて御帰りある。路次すがら。」 右之通、一人間ニシテ奥へ書出ス。 遺形書 六 (内題) 壱  呂后 弐  文学 参  隠山 四  横山 五  身売 六  太刀堀 七  橋立龍神 八  高野敦盛 九  笠置山 十  舞車 十壱 羊 十弐 笈扖 十三 浜川 十四 守屋 十五 隠岐院 十六 桜間 十七 西寂 十八 鵜羽 十九 樒塚 廿  斎藤五 廿一 雲雀山 (㋪長キ詞) 廿二 東岸居士 廿三 鳥追舟 廿四 清重 廿五 河水 廿六 室君 廿七 太世太子 廿八 砧 廿九 大木 卅  丹後物狂 卅一 二人祇王 (㋪宗玄作) 卅二 巻絹 卅三 鞍馬源氏 卅四 同真ノ間 卅五 金春道成寺応答 一 呂(リヨ)后(コウ) 初ニワキ出、ナノリ有リテ、「今日も参内申、御様だいをうかゞわばやと存候。いかに誰か有る。」 「御前に候。」「とのいの番を仕候へ。」 「畏て候。」ワキサシゴヘ有テ謡。\「いさゝめの、かり成世ぞとをもへども、〳〵、更にをどろく夢の間を、なを待どをに春風の、まだき梢(コズヘ)を何とたゞ、夕べ〳〵とさそひきて、花にはうとき風ならに、〳〵。」右ノ謡ノ内舞台ノ真中ヘ肉塊出テ、下ニ居ス。イカニモ丸クミヘ候様居ス。 官人ヲ付テ。 「是はいかな事。不思義な者が参ツた。のがす事ではなひぞ。やる事ではなひぞ。」ト云テ官人ニ肉塊(キツクワイ)追返サシテ、橋懸リヘ行。ウス絹ヲヌギステヽ、子細語ル。 「是は肉(キツ)塊(クワイ)と申化生の物にて、漢(カン)信(シン)、彭(ホウ)越(エツ)が亡魂なり。扨も奢(ヲゴ)れる秦の始皇を討平(タイ)げ、感陽宮へとく責入、漢の天下となす事偏(ヒトエ)に漢信、彭越が忠功(チウコウ)也。又項羽の五十万騎の兵も(ヲ)引共(グ)し、□(ソ)国(コク)より鴻(コウ)溝西(コウザイ)近付て入りて登らせ給ひ、既(スデ)に高祖も浮雲かりつるを、漢信、彭越一命を捨て軍サして、烏(ウ)江(ゴウ)の河の辺りにて、項羽の頸(クビ)を刎(ハネ)落し、高祖に捧げ申時、此両人の忠臣を一所に檀(ダン)をつき、三度礼し給ひしを、呂后は知し召さるべし。斯大忠の者共を呂后の讒言(ザンゲン)により、雲(ウン)望(バウ)の沢(タク)にて、応待と号して、方(タ)便(バ)召し捕れ都へ行、登せん恥(ハジ)を漢家にさらし、長楽(ラク)宮にて誅せられし事、已(スデ)に呂后の口故也。此憤(イキドウリ)何つ近か((ママ))くて。」「すべき。」「呂后の命(メイ)を忽とらでは叶ふまじ。唯今とううぞ〳〵。」 右肉塊出立。白ネリヲカヅキ出ル。鬼頭中。ブアク面。常ノ鬼ノ如クナリ。イカニモ丸キヨウニ成ツテ出ル。 弐 文学 能力。 「誰にて渡候ぞ。いや此隣にては見馴申さぬ御方成るが、何国より御出にて候ぞ。」「参ン候。当山に寺中数多候へば、左様に御尋ありては中々知レ申間敷候。去(○)乍此寺中に有ても、百日百座の護摩を御たき有人の候。若左様の御方にても御座候べき間、あれへ御越成され、御尋あれかしと存候。是より直(スグ)に御越成され、右の方へ御上りあれば(△〇) 、別行をかの寺にて隠御座なく候間、急で御出成され候へ。」 ○「去乍此寺中本堂へ日参申され、百日百座余堂へは隠御座なく候間。」 三 隠山 〈鬼黒〉トモ云。狂言袴ニテ供シテ出。太コザニ居テ脇ナノリスギテ、狂言方ニ案内ヲ乞フ。 「誰にて渡り候ぞ、いや隠山殿の御出にて候。」 ワキ詞「君は何方に御座候ぞ。」 「参ン候。大午の晴籠へ御出にて候。」 ワキ云「さらば彼地へ参らうずるにて候。」 「尤にて候。」ト云テ元ノ座ニ居ル。扨一セイニテ太夫出、舞スミテ、「各々木でんに帰りけれ。」ト地謡スギテワキヘ入、後見ザヘ向イ、「いかにたれかある。」ト狂言立テワキノ前ヘ行、下ニ居ル。 「御前に候。」ワキ軍ノ次第。「諸軍勢に相触候へ。」 「畏て候。やあ〳〵皆々承候へ。早夜も明方に成り候程に。大将御事を出さるべきよし仰せ出され候間。皆々其分心得候へ、〳〵。」ト云テ楽ヤヘ入ル。 三 横山 「御前に候。」「畏て候。是はいかな事。御酒ゑん半(ナカバ)にて候間、今日ツは申され間敷候。いかに申上候。横山殿は大御酒と見へ申候。」「参ン候。急ぎ御出有うずるにて候。」 又 ワキ「しか〳〵。」 「御前に候。」「畏て候。」爰ニテ太夫舞アリ。舞ヲ見テ呼カクルナリ。「喃〳〵。」シテカマワズ舞ナリ。「是はいかな事。いかに申。酒宴を成され御座候。」トワキニ云也。 五 身売 「船頭とはいか様成人にて候ぞ。」「心得申候。いかに売人(アキビト)達へ申候。人や召すまいかと仰候が、御ン買(カイ)召間敷く候か。」 ワキ「買候へじ((ママ))船を寄て給り候へ。」 「心得申候。」 ワキ人「うらんと云者は何くに有るぞ。」 「あれに立たる人にて候。」此間シカ〳〵有テ。 「日本一の追手が吹来候間、商人達へ申さうずる。いかに申候追手が吹き候間、急ぎ御舟に召され候へ。」 「いや成間敷候。」 「さらば随分御急ぎ候へ。」「いや〳〵類(ルイ)舟(セン)は悉(コト)ク出て候。我等が舟迄にて候。」 「いかに申。余の船は皆々出て我等の船迄にて候。急候のり候へ。」 「又待候へ。」トテシテ、キセ立候時、刀ナヲヌキ下ニヲ下リテ立也。 六 太刀堀 太刀共葵トモ云。アイシライワキノ供シテ出ル。ワキナノリスギ呼出ス。「いかに誰かある。」 「御前に候。」 ワキ「今日も皆〳〵出て畑を打と申候へ。」 「畏て候。今朝も未(ビ)明より皆々残らず出て。畑(ハタ)をうてとの御意にて有間、其分心へ候へ。はや是に結構(ケツコウ)成る太刀がある。扨も〳〵。」 「目出たい事哉。急ぎ頼ふだ人のお目に懸ふ。」 「いかに申候。」 「畑を披きて候所に、此太刀をほり出て候。」 ワキ「是は見事なる太刀にて候。我家の宝に致候べし。」 「誠に是は目出たい御事にて候。やあ〳〵何といふぞ、あこねの前が俄に狂気して。今の太刀を返せと申か。是はふしぎ成る事じや、急で申上う。いかに申上候。皆々申上候は、召し仕われ候あこねの前が俄に狂気仕り、最前の太刀を返せと申由にて候。」 ワキ「是はふしぎ成事を申物哉。此方へ参り候へ。」 「畏て候。」 「如何にあこねを急ぎ連て参候ヘ。」此言ワキト云合次第。 七 橋立龍神 ワキノ供シテ出。太コザニ居ス。ワキノナノリスギ呼出ス。 「御前に候。」 「畏て候。」 「やあ〳〵皆々承り候へ。今日天灯竜灯の祭にてある間、弥里人迄れ(も)其清め致され候へとの御事なれば、其分心得へ候へ〳〵。」ト云テ楽屋ヘ入ルナリ。但シ是ハ自然入ルナリ。 中入廻有リ。乱序ニテ出ル。是ハ九世戸ノ間ニテ住((ママ))ナリ。 八 高野敦盛 大小出ルトワラ屋ニ引廻テ、作物ノ内ニシテ入テ、大小ノ前ニヲク。ツレ子方次第道行。橋懸ニテ案内ヲ乞。 「誰にて渡り候ぞ。」 「安き間の事、お宿参らせうずる間、号御通り候へ。」ト云テ先ニ逢、ブタイヘ入下ニヲキ、子方ツレ女モ入。 ツレ女「いかに申。」「何事にて候ぞ。」 ツレ女「此所に熊谷と申を御存候か。」「くまがへと申は存ず候。連性と申人の御君左様の御方にて候か。」 ツレ女「是に御座候は熊谷殿の御所縁の方にて候が、童女の身にて候へば、旁を頼申候が、御同道候て引合て給はり候ヘ。」 「心得申候。毎日奥の院へ御参候が、今日も御参有べき間、是は暫く御待あつて、御たいめん候へ。先此方へ御入候へ。」爰ニテツレ女共儘楽ヤへ入。子方ト狂言ハ太コノ所ニ入、居ス。シテ引廻シテ、前方ニ子方ト狂言立橋懸ニテ云。 「先号御立候へ。あれ社連性にて御座候間。急ぎ御出ありて御対面候へ。」「尤に候。」 九 笠置山 「か様に罷出たる者は、六原殿の御内に仕へ申者にて候。扨も後醍醐(ダイゴ)の天皇の此笠置山へ御行罷ある由六原へ聞へ、急ぎ押寄討参らせよとの御事にて、諸軍勢を催され候。誠に笠置山と申は嶮難山にて、鳥ならでは通ひがたき所にて候。去乍六原勢にて押よせ、たやすく落し申されとの御事に候。先此由相觸申さうずる。」 「やあ〳〵皆々承候へ。後だいご天皇此笠置山に御座候由、六原より急ぎ押よせらるべきとの御事なり、構へて其分心得へ候へ、〳〵。」 十 舞車 初ワキナノリスギ座ニ居。間狂言ワキノ供シテ出。 一、シテ次第ニテ出、遠江国ミ付ノ宿ニ着ニケリ。日暮テ宿ヲトル。タガイニイロ〳〵詞アリ。ワキ「所の法にて候程に。」ト云テ舞ヲ所望スル時、シテ、申由云。ワキノ詞ニ、「人を尋て御上り候はゞ、当社の御はからいにて、末は目出度う、軈て御逢候べし。たゞ御舞候へ。」爰ニテアイシライ有。但所会合次第ナリ。 「唯今申さるゝ通り、旅人に舞を御所望成さるゝ大法にて候程に、急ぎ御舞候へ。」暫謡有リテ、「さらば衣や衣を御存候へ。」ト云、太コザニテ太夫烏帽子直垂着ル。 ワキ「いかに誰か有る。」「御前に候。」 ワキ「車を出し候ヘ。」ト云。「畏て候。」車ヲ持出、大臣柱ノ所ニヲク。 一、目付柱ノ車ニツレ女乗。美人揃ノ曲舞有。 一、大臣柱ノ車ニ太夫乗。菅丞相ノ曲マイ有。 車ヲ出ト一ツハ狂言方、一ツハ後見出スナリ。後ニハ二ツ共ニ後見持入ルナリ。 十一 羊 (ヒツジ)初ニ官人出立、ワキノトモシテ出。 「御前に候。」シカ〳〵。「畏て候。先高札を打ふと存る。どこ元がよからふぞ。」ト云シテ柱ノ先ニ立ル高札ヲ扇ニテシテ柱ニ打テイズルナリ。「此由を相ふれ申そふずる。いかに此国の民承候へ。帝御てうあひされ候羊盗たる者訴あるに於ては、たとひ同類たりと云共其科(トガ)を免、花林に殿に居置。勲功(クンコウ)は功によるべしとの御事なり。皆々其分心得候へ、〳〵。」 子方出テ謡アリ。「いかに奏聞。」ト云時。 「奏聞とはいか成る者ぞ。」 子方シカ〳〵。 「暫く夫に御待候へ、其由申上ずる。」「いかに申上候。奏聞申度とて参たる者の候。」 ワキシカ〳〵。 「畏て候。」「最前の人の渡り候か。」 子シカ〳〵。 「其由申上候へば、此方へ御通りあれとの御事に候。」 子方トワキ「シカ〳〵。」有リテ、ワキ「シカ〳〵。」 「御前に候。」 ワキ「シカ〳〵。」 「畏て候。」ト云テ幕ヘ向イテ云。「いかにぢちやう官人承り候へ。今度羊を盗たる者をいか成者ぞと存候へば、此国の片原に住こうせうと老人夫婦が盗て有る間、土にて車を重(ヲモ)く作り、姥をのせ祖父に引せ、官人共追立(ヲイタテ)参れとの御事なり。其分心得候へ〳〵。」 十二 笈扖 能力出立。 「御前に候」「畏て候」「いかに案内申候」 シテ「シカ〳〵。」 「先達申され候は、唯今参り申度候へ共、余りに道行(ドウギヤウ)多く候間、かならず下向に参べき由申され候。きやうのとのは御参りにて候。其由御申候へ」「シカ〳〵。」アリテ皆々中入座ル。 女間 「是は刀(カタナ)殿の御内にみめよしと申者にて候。尓程に刀殿には先腹(センバラ)、当腹(トウバラ)に子を二人持せられ候が、先腹は出羽の羽黒山に出家成されて御座候。峯入の御下向成され、夜前此(コナ)方へ御着成され、先達の御所望にて重代(ヂウタイ)の御腰の物を、御覧成され候まゝ、母の御匠には、御腰の物をきやうの殿の笈の中へ隠置、罪に沈(シヅ)め申さうずるとの御匠にて、わらはに仰付られた。誠にせまじき物は宮使へと申がにが〳〵しきを使に参る。」爰ニテ刀ヲバ笈ノ中ヘ入ル事アリ。又後見入事モアリ。聞合スべシ。 女能力ヲヲコス。 「いかに申候。」 能力「何事にて候ぞ。」 女「御うへ○奥様より御使に参りてて((ママ))候。夜前御らん成され候刀が未だ参らず候間、先達殿の内に御座有うずる程に。とつてをこさしませ。」 「いや夫は夜前其方へもどし申て候。」 「参つた物を参らぬと申そふか。急でをこさしませ。」「未だ御(ギヨ)しんなつて御座る程に、お目の明き次第に申さふ。」 「一度(ド)真性タ((ママ))目の明ぬと云事があらうか。急で起(ヲコ)さしませ。」 「扨もせわしい人じや。夫ならばをこさしませう。」 「いかに申上候。御奥様より御使にて候。夜前御らん成され候御腰の物がいまだ奥へ参ず候間、先達の内に御座有うずる程に、急で給われと申て参り候。」 「シカ〳〵。」 「中々左様にて候。」 十三 浜川 ワキ日向ノ宮崎の住侶、名ノリ過テ後出ス。 「御前に候。」「畏て候。」 楽ヤノ方ヘ向イテ云也。 「いかに此屋の内へ案内申候。」 太夫楽ヤヨリ出乍、「誰にて渡候ぞ。」 「八幡の別当申され候は、浜川殿の御子息花菊殿御かん当の由、就レ夫御対面申度由にて是迄参られて候。」 太夫「八幡宮へ日参申所に、今日満参にて候間、対面申間布候間、其由申候へ。」 「心得申候。」 ワキニ云「浜川殿へ参りて候へば、八幡宮へ御社参候間、御たいめん有間敷との御事に候。」 ワキ「扨は汝花菊が事を申て有るか。」 「中々左様に申て候。」 ワキ「偖是は何と致す((ママ))申すべき。我等案じ出したることの候。八幡宮ヘ社参とあらば酒向いに行、対面しやうずるはいかに。」 「是は一段の御仕案にて候。浜川殿は浮(ウツ)柱ウ人にて候間。笛太こにて拍子物を成され、御出候はゞ御たいめんあらうずると存候。」 ワキ「さらば汝とも借候へ。」 「畏て候。」太夫ノ太刀持、狂言方ニテ仕ルモ有由、〈藤永〉同前也。太夫ノツレニテスルモアリ。太夫次第也。太刀持浜川ノ供ニテ出ル。 太刀持「御前に候。」 「畏て候。やあ〳〵ここ許に笛太鼓の音のするは何事ぞ。やあ〳〵じやあ。尋申て候へば、八幡の別当酒(シユ)を持せ、御酒迎に参られ候由申候。」 「心得申候。」 又 「御前に候。」「畏て候。」「心得申候。いかに此やの内へ案内申候。八幡の別当より御使に参りて候。少ウ用ウの儀御座候間、御出成され候へ。」ト云テ笛ザニ居ス。シテ出、シテ柱ノキワヘ行ナガラ、「いかに申上候。別当是まで参られ候。」「参ン候。花菊殿に対面有り度き由にて是迄参られて候。」「心得申候。」 十四 守屋 鑓弓矢。初ニ作物ノ内ニ太子入リ出ル。 ヲモ「やるまいぞ、〳〵。」 次「やれ〳〵。不思義な事ではなひか。爰迄太子を追欠て来たが、見失つたわいやい。」 「さればふしぎな事じや。ゑい爰にうつを木があるが、此うつを木に定て隠ているで有らう。杣を呼出て、切せうではないか。」「一段とよからふ。急で切せい。」「いかに仙((ママ))人の渡り候か。」 ツレ「杣人とは何の御用にて候ぞ。」 「我らは守や殿の者じやが、太子が正しうこのうつを木に隠てと見へた。急で此木を切つて給り候へ。」 ツレ「是は仰にて候へ共、さすが太子の御事は、神通方便の御身なれば、天にも登り地にも飛行自在の御身なり。其上春より御託宣にも人の参るはうとしけれ共一枝もすそへ付てやさりなんと、をしみ候ひし御事なり。心動らせ給ふなと云、秋の庭の長追してうたれ給ふな、人々といかりをなして杣人は、かきけすように失にけり、〳〵。」 次「あらふしぎや。何と思ふぞ、今の杣人が失たではないか。」 ヲモ「定て是は仏神の告で有ふ。げにと杣の云通り、爰許に長いしてけがしては成まい。急でのこう。」 次「尤じや。のけ〳〵。」 十五 隠岐院 連ワキ男「をきの国より出たる男人商なり。」ナノリ過テ、シテ女次第道行スギ、男ト数々調アリ。 謡ニ「山陰道につきにけり、〳〵。」爰ニテ。ワキ諸国一見ノ僧出名ノリ過、案内ヲコウ。 「案内とは誰にて渡り候ぞ。」 ワキ「承り及たる後鳥羽院の御廟を、をしへて玉り候へ。」 「是は思ひもよらぬ事お尋ある物哉。あれに見へたるは後鳥羽の院の御廟にて候。心静に御ながめあらふずる。又爰に弥敷き事の候。女物狂の候が、あの御廟へ毎日参り、後鳥羽の院の御事を曲舞に作り唄ひ候が、別て面白く候間、暫此所に御座候て御らん候へ。」 「念比に御教祝着申て候。さては御廟参り、又彼物狂をも見うずるにて候。」 「尤に候。」シテ女出、数々謡有、ウタイノ留。「実や海人のとま▼。」 「松のかきほはき((ママ))葎、かゝらん君の御まいりに成るべき事か、定めなや〳〵。」 「いかにお僧へ申候。先程申たるは此女物狂にて候。いつものごとく唄わせて聞せ申候べし。」 ワキ「いかにも面白うたわせ、狂わせて御見せ候へ。」 「なふ〳〵旁。毎のごとく鳥羽院殿の御事を謡い候へ。殊に是に旅のお僧の御座候が、御聞有り度よし仰られ候間、此烏ぼしを着し、いかにも面白う謡い舞て御見せ候へ。」 十六 桜間 詞ニシテ出ル。「阿波の国の住人、桜間の祐義遠(スケヨシトヲ)也。」名ノリスギ、連ト少詞アリ。中入リ。 早鼓ナキ時ハ、「扨も〳〵、存じもよらぬ事が出来致ひたこと哉。寝(ね)耳(みみ)へ水の入つたと申が是でこざる。」 ワキ「足元から鳥の立つたやうな事じやは。」 早鼓ノ時「か様に候者は、桜間義(ヨシ)遠(トオ)の御内に仕へ申者にて候。扨も今度頼朝の舎弟、九郎判官義経、当国勝浦に押渡り、此桜間の館を責め落さんとて、寄来(クル)由注(チウ)進申を、頼(△)申御方聞召し、若(□)殿童(バラ)を集め御談合成さるゝ所に、義経は尋の常ならぬ名大将なれば、兎角辞しては悪かりなんと思召、此義を相触申せとの御事なれば、急ぎ申渡ふ。やあ〳〵皆々承り候へ。今度九郎判官義経、当国勝浦へ舟を寄せ、桜間の城を責落さんとて寄せ来る間、城の内外の輩、老タ若ひによらず、武具(ブグ)をたいし一人も不残、早々相詰め申せとの御事なり。構へて其分心得候へ、〳〵△。頼申桜間の祐(スケ)義遠聞召(□)。」 十七 西寂 ワキ「備後の国の住人、奴賀の入道西寂也。」名ノリスギ呼出ス。 「御前に候。」 「今日は長閑にて候程に、ともの浦ヘ出、網を引せ慰うずる間、其由相ふれ候へ。」 「畏て候。」「是は別て目出たひ事を仰出された。急で申渡そふ。」「やあ〳〵皆々御聞あれ。頼申努賀(ヌガ)の入道西寂(セイジャク)、今度伊予国にて河のと御合戦に付勝給ひ、殊当国を御領(りよ)なされ、かれ是以てめでたき折からなれば、今日は鞆の浦へ、御ン舟遊びに御出なさるべき由仰出され候間、委(コト)舟を飾り立て、何れも若き衆は拍(ハヤ)子物にて早々出られ候へ。其分心得られ候へ、〳〵。」 大ゼイ舟遊ノテイニテ出、少謡アリ。「謡笛てに縄手づないざやひかふよ。」 「扨も〳〵、にぎやかたる御ン拍子物にて候。先陸(クガ)へ御上り候ひて、暫御休候へ。」 謡クリ曲舞スギテ、一セイニテシテ出。一セイスギ。 「近比御太儀被成候。皆々御酒を下され候間、御参り候へ。」 爰ニテ西寂トシテト暫謡有リ。「謡の笛に御らんぜよ、人はよこきを肴と覚へたり。」ノ爰ニテ舟ノ中ヲ見テ。 「荒不思義や。急ぎ此由を申上ふ。いかに申上候。猟師の船にのり移り申所に、舟底に、討物を入置申候が、いか様是は曲者にて候間、能々彼者に子細を御尋可レ然存候。」 十八 鵜羽 「此所の者、いか様成御事にて候ぞ。」 「心得申候。」 「此うどの岩屋の者お尋は、いか様成御用にて御座候ぞ。」 「先天神七代地神五代の御神を、鵜萱葺不合(ウガヤフキアハセズ)の尊と申す子細は、其父(チヽ)の御神御兄弟の釣針を借り、海上に浮み釣をたれ給ふ所に、鱗の中にに((ママ))も心の悪(ワル)き魚のぼりて。」 此所〈玉ノ井〉同断。 「豊玉姫玉の①鑵(ツルベ)を持、井に向ひ水を結び申されしが、水底に人かげの移るを不審に思召、隣を御覧有て御姿を見付、いか様成御方ぞと詞を懸られしに、我は日(ニ)本の尊(ミコト)成るが、釣針を魚にとられ、是迄尋来たる由御申し有しを、其時鱗の中を尋給ふに、亦目針(ハリ)を返し申す。然れば尊も豊姫も互に御心を移され、程無懐胎し給ふ折節、釣針に塩の満いの玉を添へて参らせられ、此国へ送帰し申さるゝ間、御産やに是成権殿を作り、うなての森より鵜の羽を集め屋根を葺(フカ)し、一方をふき今一方を葺も合(アハセ)ざるに、早尊は御たん生(ジヤウ)有により、天神七代地神五代の御神を、鵜がやふき不合の命と申す。先我等の存たるは斯の如にて御座候。」 「言語道断奇特成事御諚成さるゝ物哉。雲の上人此所への御下向を、豊玉姫御納受成され、御詞を替されたると存間、暫是に御追留成され、重て奇特を御覧②□。 其後奏聞あれかしと存る。」 「有難ふ。」 ①金偏に瓦と書き、「つるべ」と読みを書く。 ②省略を意味する空白をあけ、読点だけを打つ。 十九 樒塚 「なふ〳〵御(ヲ)僧へ申候。」 「此樒を摘(ツム)人をば、塚の内より女のゆふ霊出、恨を申せば、忽爰にて空敷成る間、構へて御手折候な。」 「参ン候。」 「古(イニシヘ)此所(トコロ)は南都領(レウ)にて候。去間南都の代官此所に居住(キヨヂウ)して候ひしを、何と申たる子細候やらん。当所の人々彼(カノ)代官夫婦ともにころし、あれ成塚につき込られ候ぞ。其執心のわざと見へ申て候。是は近比(チカゴロ)有難キ事を仰られ候。左様に情のあるお僧ならば、少しもくるしかるまじく存候。急で御手折候へ。」 廿 斎藤五 「御前に候。」 「畏て候。」 「何事にて候ぞ。」 「心得申候。」 「いかに申上候。斎藤五斎藤六の申さるゝは、六代子(ダイゴ)の都出も今を(ガ)限りなれば、御脇(ワキ)輿(ゴシ)に参度由申され候。」 「畏てこざる。」 「其由時(トキ)政(マサニ)へ(ニ)申てごされば、さあらば御こしを急がれよとの御事に候。」 「是に候。」 「畏て候。」 「いかに斎藤五斎藤六へ申候。時政の御宿(ヤド)は甲屋(カブトヤ)にてござ候。亦六代子(ゴ)をも時政の宿に置申され候へ。」 「いや〳〵御両人の御宿をばかうかくに仰付られ候間、あれへ御出は御無用にて候。」 「左あらば御宿を渡シ申さふずる間、此方へ御入候へ。是はかうかくにて候御ざ候へ共、斎藤五には是を渡し申そふずる。亦方々は此屋に御入候へ、両人の宿を別(ベチヤ)やに渡し申候。」 「畏て候。」 「いかに斎藤五へ申。時政の御使に参りて候。最前神(カミ)南(ナミ)森にては、御供と半斟(シン)酌に存られ候へ共、力不及、是迄はをそばに付ケ置(ヲカ)れ候。是非〳〵御供有度候はゞ、腰の物を御出しあれと申され候。」 「両腰を御出なくは、御供は叶間敷由にて候。」 「尤でこざる。大小を請取申て候。亦申され候は、此度六代子の御供候へば、生捕(イケドリ)とひとし。迚の事に縄を懸り御供あれかしと申され候。」 「左様にござらば、最前の道具を返し申そふずる間、急都へ御登りあれとの御事に候。」 「是は余人に仰付られ候へかし。」 「斎藤六へ其由申てござれば、舎兄(キヤウ)には引替、刀をも出す間敷イ亦縄をも遣る間敷と申され候。却(カヘツ)て我等に気色を致され候、一段とよふ御座らふずる。時政は斎藤六の宿へ唯今御出成さるゝ間、皆々御供の拵候へ。」 「いや何共御左右はござ無候。」 「畏てござる。いかに斎藤五斎藤六へ申。御兄弟ながら縄を御免し成され候間、急で御参あれとの御事に候。」 廿一 雲雀山 「御前に候。」 「心得申候。今日の御狩は一段の天気なれば、定てお物数であらふ程に、思ひの外御機嫌がよからふ。夫に付て吾等の此数年心に存様、哀れ何にても達者わざのあれかし。人に抽(ヌキン)でがんじゆを仕り、頼ふだ人の御詞に懸りたいと存処、山鷹は巌石岩尾の中供云ず、茂みを欠廻る物なれば、不達者せば成らぬ事じや程に、此殿は随分精(セイ)を入下狩を致、御勘に預らふと存る。去乍横萩殿の御狩に参、此多勢この中に一人にても、如在を致さうと思者は有まいに、少思召事のあれば、草木を分け能く下狩を致せと有りて、某に仰付られてを、我等一人念を入ても、余人の不念な事の有りては、拙者の科(トガ)に成申ずる間、此由を急度申渡さふと存。やあ〳〵皆々承り候へ。唯今仰出されたるは、思召子細の候間、谷峯迄も草木を分、急を入下狩を致せとの御事なり。構へて其分心得候へ。〳〵。」 廿弐 東岸居士 「是は洛中に住者にて候。今日は清水へ参らばやと存候。なふ〳〵方々(㋯御(ヲ)僧トモ)清水へ御参有ば同道(㋯御供トモ)申ずる。偖是は何国より御参詣成さるゝが。」 「仰のごとく都の事なれば。」 此間常の間同断。 「是を御目にかけ申そふずる。」 「更ば号御通り候へ。」 下掛リハワキカラ呼出スナリ。云合スベシ。 廿三 鳥追 初ニシテトワキ中入スギデ、ツレ日暮シ次第、狂言供シテ出、太コザニ居ス。日暮シ呼出ス。 「御前に候。」 「畏て候。其皆々の云は何事ぞ。やあ〳〵。じやあ。急で此由を申上う。いかに申候。唯今の様子を尋て御座れば、毎年鳥追船を飾り、稲柴に掛る①□(むらとり)を追ふ。鼓太鼓の童でござると申候。」 「尤にて候。」 又 此間当時用ル方ナリ。 「御前に候。」「日暮しあり。灘(ナダ)に当て笛太この聞ゆるは、何事ぞ。尋て来り候へ。」 「畏て候。」ト云テ橋懸リヘ行キテ。「ヤア〳〵。」 「あらふずるにて候。」 日暮「見物致うずるにて候。」 「尤に候。」 ①フルトリ三つ。「ムラトリ」と読みを書く。 廿四 清重 今程ハ此宿ニ留リ、終夜御物語候ベシ。 「誰にて渡候ぞ。」 「中々借シ申ウずる間、奥の間へ御通り候へ。」 爰ニテ謡「別れ〳〵に成りけり、〳〵。」 触レ「か様に罷出たる者は、梶原源太景季の御内に仕へ申者にて候。某是へ出る事別の義にても御座なひ、頼申御方は今日鷹野に御出成さるゝ。就レ夫様子を急度お触申せとの御事なれば、急で申渡そふ。やあ〳〵皆々承候へ。頼申御方今日鷹野に御出成さるゝ間、御侍の人数の外は、一人も罷出る事かたく無用の由仰出されて有り。構へ其分心得候へ、〳〵。」 一 鷹師、鷹ヲスヱ竹ヲ持。 一 犬曳縄。竹ヲ持。 ワキ一セイ「狩場の雪の朝ぼらけ月遠見にや成ぬらん。」 爰ニテ狂言二ノ句ヲトル。 狂言〽鳥をも取らぬ此鷹に買(カウ)てや雛子を。くるゝ覧〽 爰ニテ地小謡ノ末ニ犬ノヤリ声。「心せよ、〳〵。」此由ニ二人ブタイヘ出ル。 鷹師「是が大形よひ鷹場と申程に、爰にせう。」 犬引「一段とよからふ。」 鷹「去乍鷹が一つも見へぬ。犬を引て少追て見ゆ。」 爰ニテ草ヲ払体ニテ大臣柱ノ方ヘ行テ、シテヲ見付ケ。 鷹「是に見習ぬ客僧が居らるゝ。見さしましたか。」 犬「実も見習ぬ客僧のいらるゝよ。」 鷹「誠に合点の行ぬ事じや。余人は一人も此鷹場へ出るなと堅く仰付られたに、殊に人に忍ブていじや。急で申上ふ。いかに申。あれに見習山伏が隠て居まする。」 「あれ成草邑(ムラ)の中にをりまする。」 河水 官人此間六人也。 初ニ王ノ供シテ出ル。龍女出テシカ〳〵有リテ。ワキ「如何に官人。」ト呼出ス。 「御前に候。」 「中々の事委く承りて候。」 「畏て候。いかに奏聞申候。」 立衆シカ〳〵。 「大川(ヲヽカワ)の川上ヘ宣旨の臣下御着候所に、龍女一人あらわれお奏聞申度イ事のありて、水留めたる由申候間、いか様成事ぞと尋申せば、彼龍女未だ妻を持申さず候程に、百官の内一人妻に給わるならば、水を出し国土の民を豊に、君安全に守べしと申され候間、百官の内一人給われとの臣下よりの奏聞にて候。」 立衆「しか〳〵。」 「心得申候。」 立衆「しか〳〵。」 「是に候。」 立衆「しか〳〵。」 「畏て候。いかに申候。唯今の由を申上て候へば、委細聞召し分られ、百官の内を妻と申ならば、何れにても撰(エラミ)出し、龍女の望を御叶へ有べき間、水をも出て国土の民をも、豊に有様にとの御事にて候間、其分心得候へ、〳〵。」 謡ニ「偖も帝の宣旨には、竜女望み百官の内一人送り可レ遣(ツカワス)。てうかのうやまい、国土の民の豊盛にじんたい一人出よとの勅定也。」 中入リ。「龍女は海底に入にけり。」狂言作物太コ持出ル。 鱗五人(㋯但シ下リハ)何レモ面〈玉ノ井〉如。 下羽 〽治まれる、〳〵、御代の験の例とて、音(ヲト)せぬ浪の大鼓を君に、いざや捧げん。此君に、いざや捧げん〽 「偖面々は何と思ふぞ。龍女の姫宮の御祝(イワイ)は目出度事ではないか。」 「其事じや。御祝ひの有とは聞いたれども、しかと知らぬ子細を知つたでは語て聞さしませ。」 「夫ならば語て聞せう。皆々能聞しませ。先龍女の思召は、我龍宮界の姫と生じたれども、未妻を得ざる事不学也。いかなる者をか妻と定めん、乍去唯今の百官の内一人妻にかたらはんと思召共、奏聞有べき様もなかりしかば、よく〳〵思案仕給ひて、いや〳〵。」 「とかく大川(ヲヽカワ)のやうすいを止(トヾ)むるならば、民百性(ハクセイ)の悉惑成るべし。然らば民をはごくみ慈悲心の君なれば、定て川上を御尋なき事は有るまじ。其時、龍女顕奏聞し、百官の内を一人妻に語らふべしと御頼み有つて、大川のやう水をばたと御留成さる間、国土の悩(ナヤミ)以の外なる程に、種々様々に御祈祷成されけれ共、何か龍女の態(ハザ)なれば其験なかりしかば、大川の河上へ勅使立ちし程に、龍女近くみ給ひし事なれば、あらわれ給ひ、百官の内一人妻に給わるに於ては、洪水(コウズイ)を出し申べきとあれば、夫こそ安き望なれとて則奏聞有つて、百官の内一人妻に下され候を、龍女は喜び其儘迎々(ムカイ)御出成され、龍宮へ御供有御喜び限りなし。又是成太鼓は奇特神変成る太鼓にて、君や君に障(サワリ)あれば、討(ウチ)てもなきに、呼出て震動(シンドウ)する太鼓成るを、龍女妻を給たる其恩賞(ヲンセウ)に、君に捧申さるゝ有。依て持ちて出たが、南宝目出度事ではないか。」 \「誠にか様の目出度事はなひ程に、いざ面々も酒盛して慰さまふ。」 「其事とや。上々に目出度ければ、下々迄も目出たい。いざ更(サラ)ば是に並(ナミ)居て酒を飲、いざ面々相舞に舞ふて帰らふ。さあ〳〵謡しませ。」 「荒々目出たや〳〵。〽十七献迄もお肴とて、召し出さるゝ賞翫の品〳〵、①汐煎(ウミヲイリ)うけ煎ちがい切り、鯛を白鱠、指身にすばしくさけひら迄も、ゑいぬれば、いざ〳〵さらばいなんとて、座しきを太刀魚、目もせいごにいかとなれば、〳〵、みやうぎて参らんと、帰りけり。〽 又官人後 舞アリテ。 謡「めい動せり」ト諷ウ也。太夫出テシテ謡ニ、「ふしぎや此太鼓、をのれと鳴ならば、天下に兵乱可有と、聞つるが、唯今の此鼓の鳴はふしぎ也。 急で尋候へ。」一ワキ謡ニ、「畏て候。」ト云テ狂言ヲ呼出ス。「如何に官人。」 「御前に候。」 ワキ右ノ次第。「しか〳〵。」「畏て候。あらきどくや。今迄何の沙汰の無に不思義成る事を仰出された。去乍、か様の事は一大事じや。何方へ参つて国中の取沙汰を聞て参るぞ。やあ〳〵何と云ぞ。夫は誠か。去ばふ((ママ))そ急で申上ふずる。如何に申上候。国中を走(ハシ)り廻り承りて候へば、隣国のちんけいし此国をとらうずるとて、猛勢(マウゼイ)にて南門迄押入らんとの事、何国迄も此沙汰隠御座なく候。」 ①「汐煎」の左に読み仮名を記す。 室君 一、初ニ狂女、三四人モ下リ羽ニテ出ル。〈江口〉ノ如ク舟ニノリ。 一 、初ヨリ屋台ノ内ニ天女入リ出ル也。後ニ幣ヲ連ニ渡ス。是ハワキヨリ渡スモアリ。狂言方ヨリ渡スモアリ。但シ両方トモニ渡スニ勝手有。 一、初ニ脇呼出ス。狂言女巴。尤長也。 「誰にて渡り候ぞ。」 「心得申候。誠に万。」 「其由申渡さふずる。」楽屋ノ方ヘ向キ。「やあ〳〵」 ○「皆分心得候へ、〳〵。」 ワキ長ヲ呼出、「目出度折柄なれば、神楽を奏せと申候ヘ。」 女「何の御用にて候ぞ。」 「心得申候。いかに申。目出度折からなれば、何れも神楽を奏し給へとの、御事なれば、急で御かなで候へ。」 一、狂女ニ狂言ヨリ幣ヲ渡スモ有リ。 一、金春ノ古例ニハ初ニ呼出シテ置キ、下リ羽デ出ル。先ヘ女、金ノ扇ヲ貌ニアテ出法也。昔ノ例也。 廿七 太世太子 ワキ「天竺波羅奈国の帝太世太子の臣下なり。」名ノリスギテ呼出ス。 「御前に候。」 「畏て候。やあ〳〵。」 「皆々承り候へ。我が君国土の民貧(ヒン)成事嘆(ナゲ)き給ふにより、貧成者には宝を与(アタヘ)給わんとの御事あれば、難レ有存。何れも早々参られ候へ、〳〵。」 数多謡有。シテ一セイニテ出、道行ノ謡スギ。「如何に奏聞申べき事の候。」 「奏聞とはいか成者ぞ。」 「夫は近比目出度事なれば、其由申上ふずる間、夫に暫く御待候へ。いかに奏聞申上候。此国の傍(カタワラ)に住民にて候。君の御為、目出度御瑞相御ざ候に付、奏聞申され為参内仕たる由申候。」 「畏て候。最前の人の渡候か。」 「奏聞申上候へば、参内あれとの御事なり。かう〳〵御通り候へ。」 中入間 鱗「か様に罷出たる者を、興(ケウ)有(ガツ)た者と思われうずる。是は天竺波羅奈国の海中に住鱗の精にて候。我等の是へ出る事、別の義にても御ざなひ。○いや其方達は何と思ふて是へ出たぞ。」 間ツレ「其事じや。其方が鬧敷さふな体で出たに依て、いか様唯事では有るまいと思ふて出たよ。」 ヲモ「夫ならば様子を語ツて聞う。」 ツレ「急で語らしませ。」 語「先天地開けしより此方、国王に聖(セイ)仁ン賢(ケン)仁ン多しと云へど、中にも此太世太子と申奉るは、唐土シ天竺に隠無き賢王にて御座す故、吹風枝を鳴さず民鎖(トザシ)を指(サ)ず。誠に長久目出度御代にて御座候。然れば此君民の貧成事を嘆(ナゲ)き給ひ、梵天(ボンデン)に祈誓し給へば、左様の御心を天も納受在す故、龍宮より、如意宝珠を捧げ給ふにより、夫より此方万宝満(ミ)チ〳〵て、国土福貴繁昌致事、限り御座なき故、何にても民の望(ノゾミ)を叶へ給わんとの御高札、国々へ仰渡さるゝにより、国中の民我も〳〵と群集の中に、頼申龍王は化女の形ちと成申て庭上に参り、御高札に付参内仕候と申されけるを、さあらばとて宝をあたへ給へば、いや〳〵宝は望にてはなし。民の望を叶へ給わんとの論言偽(イツワリ)在しまさずば、国土に宝を降すに、宝珠を拝せて給わんとあれば、思ひもよらぬ事如意宝珠は、禁中深く納りて、たやすく拝する事はならねども、民の望を叶んとの論言なれば力(チカラ)なし。去らば拝せ申さんと玉殿の御戸を開き、光明かくやく玉を化女に見せ給へば、有難しと三度拝し、此玉の主は我也と云もあへず、宝珠を取つて池水に入り、其儘御帰有り龍宮の宝ウ殿ンと備(ソナ)へをき、龍神の事は申及ず。其外有海の大神に至る迄、何れも奇合夜遊(イウ)のの((ママ))、舞楽をなして遊ばんとの事じやが、何と目出度事ではないか。」 「誠にわごりよの云やうに、音(ヲト)に聞た計リで終に見た事の無に、此度如意宝珠を見うと思へば、此様な大慶な事はなひぞ。」 ヲモ「いざさらば、此様子を謡に唄(ウタ)うて帰るまいか。」 ツレ皆々「一段とよからふ。」 ヲモ〽荒々有難や、目出たやな。ツレ〳〵。音にきかよし如意宝珠を、拝まん事の嬉しやと、鱗どもは此所に、顕れ出て謡ひかなで、〳〵て、本の海中に入りにけり。〽 廿八 砧 ワキ九州芦屋ノ何某、名ノリスギテ呼出ス。 「御前に候。」 「畏て候。」ト云テ楽屋ノ方ヘ向云。 「如何夕霧(ユウギリ)、御用の事有間、急で出られ候へ。」 但此アイシライハ観世小次郎掛リ也。当代ハワキ置キニ夕霧ヲ呼出シ、云付ル時人ニヨルベシ。 半入謡。風狂ジタル心ヲ、シテ病ノ床ニ伏沈ミ、「終に空く成りけり、〳〵。」爰ニテ立也。 「扨も〳〵哀な事かな。」 シヤベリ同断。 「此由申上う。」 橋懸ノ方ヘ向云。 「いかに申上候。」 「成され候へ。」 ワキ「心得て有。」 廿九 大木 初ニワキ出ナノリ過呼出ス。 「御前に候。」 「畏て候。いかに杣人へ申す。阿闍(アヂヤ)梨(リ)の御諚には、本堂の棟(ムナギ)に成るべき材木無くは、北谷の大杉を切れとの御事なる。皆々其分心得候へ、〳〵。」 乱序能力「か様に罷出たる者は、長門国観音寺の阿闍梨の御内の者にて候。我等の是へ出る事別の義に非ず。」 常ノ如ツレ能力セリフアリ。 「先当時の本堂の御作りに、棟(ムナギ)どもを爰かしこと詮義成さるゝ所に、北谷に大木数多ある中に、大杉ならでは本堂の棟には成る間敷と思召、杣人に仰付られ深ン山ンに分け入り、あはこや爰と尋所に、案ン如く大杉の有るを見付、杣人集り切らんとするを、何国とも知らず山賤の来り、をことのきり給ふ大杉は、何ツの杣入りにも残さるゝ間、切る事思ひも寄らぬと申すを、杣人此木を尋常(ヨノツネ)に切候はゞ社、本堂の棟に成るべき木、此杉より外は御座無き程に、是非〳〵切らうと申せば、兎角も杉切り給わば、忽恨(ウラミ)をなすべしといかりければ、夫は何故左様に申すぞと不しんのなすを、今は何をかつゝむべき、我社此杉の精成りと、其儘化生と成つて、谷峯を響(ヒヾカセ)、虚空(コクウ)に失せたると云が何と珍らしい愧(ヲソロ)しき事では無いか。」 「誠にわごりよの咄を聞けば尤じや。是は奇体な事でおりやる。」 「偖何と思わしますぞ。其方や身共も行キて如何様な大木ぞ。少と見て置くまいか。」 アド「是は一段とよからふ。」 ヲモ「いざおりやれ行ふ。」 「心得た。」 「惣て古へより草木心無しとはいへども、老木なれば情魂も出るかと思ふ。」 「其方のおしやる如く、古木になれば情魂も有ると見へた。」 「漸々行程に是が山じや。」 「誠に山でおじやる。」 「喃見さしませ。どれからどれ迄も草木生(ヲイ)茂(シゲ)り、殊外見事なよい山ではをじやらぬか。」 アド「おしやる通り、木々の木末迄も茂りた。深山(シンザン)でおじやる。」 「偖大杉はどこ元に有るぞ。されば社此大木さふなは。」 「成る程此杉でをじやらう。何と見さしませ。幾か年経たる大杉に見へた。道理で最前杣人に恨みをなそうずると云てをじやる。偖此上にも残る杣人どもへ、如何様の妨を致さふも知らぬ程に、急度此由申渡さうと思ふ。」 「是は一段よからう。」 「夫ならば某は触う程に、わごりよば((ママ))帰つて休ましませ。」「心得たもとるぞ。」 「やあ〳〵杣人とも承り候へ。此度本堂の棟に此山の大杉切る事は、かたく無用にて有る間。皆々其分心得候へ、〳〵。」 丹後物狂 シテ「如かに誰か有るか。」 「御前に候。」 シテ「花松を寺より呼下せと申つるが、下して有るか。」 「参ン候。早夜前是御下り成され候。」 シテ「何とて参るは申さぬぞ。」 「夜前は御酒気に御座候ひつる間、偖申入ず候。」 「畏て候。」爰ニテ楽ヤへ向云。 「いかに花松殿。大殿(ヲヽトノ)より召され候間、急で御参候へ。」 シカ〳〵有リテ、シテ「又花松が学文の事は不申及、異(コト)成事。何か能ウの有る。」 「参ン候。花松殿の御事は、お寺に於ても一の御賞翫にて、各々御酒宴(シユエン)杯の折節は、羯鼓(カツコ)八枹獅子を舞給ふに、お拍子のきかせらるれば、八枹の音杯は左有浪の音が物を申ごとくなとて、皆々御ン讃(ホメ)候。」 シテ「やあかしましい。は((ママ))汝が子の事にて有るか。」 「いや花松殿の御事にて候。」 シテ「夫は真か。」 「中々。」 「偖も〳〵、今夜不(フ)慮(リヨ)の仕合が有た事哉。然るに此発(ヲコ)りと申は、丹後国白糸の浜の住人、岩井殿の御子息花松丸と申を、学文の為に当国成相(ナリアイ)寺に置せられて、此一両日以前に寺より呼下し給ひ、学文の品々を問せらるゝ((ママ))れば、経ウ論聖教は申に及ず、歌道の双紙八代集迄御招待有とは云へ共、但し法華経は法師品(ホウシホン)、又は内典(ナイデン)には倶(ク)舎(シャ)論の内、未七巻覚ぬ由宣(ノタマヘ)ば、父子は一段御機嫌よく、又異(コト)なる事に何か能の有ぞと押返して御尋ありし程に、花松殿は一円御存ジ成されぬ事を、我等の取合(トリアワセ)だてに申様、羯鼓八枹獅子舞迄を上手で御ざると咄たれば、岩井殿の御機嫌が俄に以の外悪く成り、父ごの御中たがわれしを、幼(イトケ)なしとは雖(イヘドモ)、親の勘当蒙りては、浮世に存(ナガラヘ)命ても生(イキ)甲斐(ガイ)なきと思召すか、此暁(アカツキ)御内を唯独り忍出、橋立の裏に身を投(ナゲ)給ふと聞分致すが、か様に有うと存たれば申すまいを((ママ))のを、至らぬ者の知恵は後(アト)に付たと云は尤じや。科(トガ)もなひ花松殿に取合だてに実事を申て、父ごにしからせ申と云ひ、其上空くならせられたも某の口チ故なれば、兎角科人は身ども一人じや。常之人の前にても口を聞乍、生(イキ)ては弥恥(ハヂ)をさらす事じや程に、急で橋立へ行き身を投と存る。か様の事に命を捨るは某も本ン望(モウ)でござる。去れば社人の申が一定じや。是へ身を投させられたと見へた。更ば思切つて身を投て呉う。」 爰ニテ色々身ヲナゲカヌルテイ、三度程ヤウスカヘテスル。 「扨も〳〵、命と云物は常に思ふたよりも捨にくひ物じや。何と思ひ切つても有無(ウム)に投られた。よう〳〵思案するに、某の死(シヽ)たと云てもあなたの為にはならぬ事じや。兎角花松殿がをいとしい程に、此上は元結(モトユヒ)をふつと切つて、道心を発ひて諸国を廻り、一心不乱に念仏を修行仕り、御菩提を弔をうと存る。少しも早う廻国仕う。いやあの海上の荒波の体を見れば、中々身の毛もよだつ。喃をそろしや〳〵。唯早うのけ〳〵。」 ワキ「旅に雲間を道として、〳〵、我が古里に帰らん。」名ノリノ詞ノ長サ十二三クサリアリテ、跡ノ言ニ「急候程に、程のふ白糸の浜に着て候。是に暫御待候へ。父子の御在所を尋て参らせうずるにて候。如何に此近あたりの人の渡り候か。」 「誰にて渡候ぞ。」 ワキ「此所に岩井殿の渡候か。」 「参ン候。此所は岩井殿の御在所にて候へども、去る事有りて、今は夫婦乍当所には御座なく候。」 ワキ「何と此所には御座なく候とや。」 「中々、此所には御座なく候。何にても御用あらば承ふずる。」 「心得申候。」 卅一 二人祇王 又宗玄作 「御前に候。」 「畏て御座る。是は如何な事。我等の推量とは皆違ふてござる。是に付有歌に、差(サシ)向(ムカウ)言の葉計思へたゞ、帰らぬ昔知らぬ行く末と、有が是で御座る。世間の女は老た若ひによらず、何れも嫉妬(シツト)の心の有物成に、誠やらん御前(ゴゼン)成さるゝ衆の仰られたるは、今日仏御前御目見(ミヘ)に御前へ参られたるを、則御披露ウあれば相国の御意には、由に神共云へ仏共云へ、祇王があらん程は叶間布(シ)との諚意にて、帰りたるを聞、祇王御前へ参申さるゝ様は、流れを立つる身は何れも同じ御事なれば、譬(タトイ)仏御前の舞をば聞召ず共、御対面計もあれかしと申されたるに付て、更(サラ)ば出よとの御意に依て呼帰されたるを、皆々聞、あの様成賢は古今類少き事とて、皆御聞成されたる程の人は、知も知らぬも祇王の心の程を、感じ御申有たる由承る。夫に付世間には独り舞をさえ面白く心の勇(イサム)と云時は、是が誠の延年で御座らうずると有て、世にもない事の様に皆申さるゝも、斯の如に御前の相舞を見物仕る事は、是も主君の御影とは申乍、有難事でござる。去乍最前仏を祇王の供ひ出申さるれば、御推量の外好目(ミメ)象(カタチ)よう年も若く、翡翠(ヒスヰ)の簪は長くたをやかにして、まなざしは入日のきりのまがきにうつろうに異(コトナラ)ず。左乍、物云爪はづれもきやしや成に、殊声能て舞も上手なれば、初は祇王計に御言の懸りたれど、後には仏の御意に参られし故、更ば今度は両人相舞に致せと有て、二人共に其儘御前を立装束を着(チヤク)しに参られたるを、両人の内にては何れの舞が御気に参らふぞと有りて、諸大名の寄合種に様々に仰らるゝ内にも、祇王をば此以前にも皆御らんじられたれば、此度は何とぞして彼れに勝せたいとのみ、老た若いに寄ず思召御心中と見へたが、あれは天道に叶た人と思ふには、拙者杯は一円に知ぬ人なれど、今日の舞は一入勝(マサ)る様に存て、少の宿頼をも立つる時は、是も奇縁な事でござる。いや兎角申内に少も御前へ遅くてはあしからうに、先あれへ参内義を申と存るが、何と仕らうずるぞ。但し御意次第でござる。」「いかに祇王、御前に内證にて知らせ申す。最前からは久しき間成に、何とて由断仕(ツカマツル)る((ママ))などと有て、若御機嫌が悪く成てはいかゞなれば、仏御前を供なひ早々御出あれ、相構て其分心得候へ、〳〵。」 卅二 巻絹 前常ノ通り。 「畏て候。がつきめのがすまいぞ。」ト云テシバル。ウタイノ内ナワヲ持居ス。 シテ「うてとて此縄をとり〴〵ゆるし給へや。」ト云テ、シテトキ仕舞モ有。 ▲亦ワキ「此上はなわをとこうずるにて候。いかにたれか有る。」 「御前に候。」 ワキ「急で縄をとき候ヘ。」 「畏て候。」ト云テナワヲトキ、切戸ヨリハ入ル也。 卅三 鞍馬源氏 鞍馬トモ云、短キ間。 「か様に候者は、鞍馬の深山に住給ふ、大天狗の眷属小天狗にて候。我等の是へ出る事余の義にあらず。」 常之如ツレセリフアリ。 語「先源家の統領(トウリヤウ)、義朝の御子沙那王殿と申少人、保元平治の代の乱に付、当山西谷の御坊に御座成され、一ト度本意を達ツせん事を御願ひ有る故に、則独鈷(トツコ)の坊の御同道にて、△夜な〳〵本堂へ御参りあり。通夜(ツヤ)成さるゝ所に、頼み申す大天狗、客僧の像(カタチ)に身をへんじ見へ給ふを、いか成人ぞと不思申されしかば、是は鞍馬の奥に住者成がと仰せられ、則少人を沙那王殿と見付、御身の上彼是痛り申され候故、弥不思義に思召し、いか成人ぞと名を尋給へば、我は大天狗成る由申され、御本尊に歩を運び、平家を亡(ホロボ)さんとの御志シ、骨髄(コツズイ)に通じて痛(イタハル)う候へば、忽ち平家を亡し源氏一統(トウ)の御代と成すべし。然らば眷属(ケンゾク)を遣し、日(ニチ)①々(ヽ)夜々(ヤヽ)に兵法ウの稽古させ申すべしと、堅ク御契約有つて、頼申大天狗は帰られたが、南宝潔(イサギ)よい、目出たい事ではないか。」 「わごりよの云通り、さすが頼ふだお方の手柄の程は、推量したよ。夫に付て何れも眷属を遣わされたと有事じやに、いかに我れ〳〵が数ならぬ若輩(ジヤクハイ)者と云乍、此度の様な義は希な事なり。又歴(レキ)々の出られてお見やつても、事のたとへに、栴檀(センダン)は二葉(フタバ)より香(カンバ)しいといへば、浮雲(アブナ)〳〵も責て、つ(引)うと脇から成つた真似の様な事なりとも。」 シテ「おいたらば、後々の為がわるう有まい程に、構へてぬからぬ様にして皆の跡から行ぞ。」 「是は其方の云如く、一段とよからふ。」 「乍去、わごりよも身どもゝ自然兵法ウ見る計で、終に手にふれた事がなひ、いさ少遣ふて見まいか。」 「よからふ。」 「さらば遺うてみゆ。先ズわごりよ打太刀をせひ。」 「心得た。やあ、やあ、とな。」 二度ツカウ。 アド「いや〳〵いらぬ事をして居(イ)ずとも、先早ふ帰るぞ、〳〵。」 ヲモ「やい〳〵まて〳〵。同じ如くに帰るぞ。まくる事ではなひぞ、〳〵。」 ①読み仮名に「〳〵」。 卅四 又 長キ真ノ間 「か様に候者は、鞍馬の深ン山に月日を送(ヲクリ)、見るを学(マナン)で心の儘に飛行自在に欠廻らんと、八十(ヤタケ)に存れど、未魔道ウの行う功(コウ)を遂(トゲ)ざれば、先春は霞の中(ウチ)に籠(コメ)られて、眼くらめば、四方の気色も朧(ヲボロ)に成り、夏は炎ン天の甚(ハナハダ)しきに身を悩(ナヤミ)、秋は霧(キリ)嵐にふせがれ、冬は寒(カン)気に閉(トヂ)られ、我ガ身乍も置所無く、唯明ケ暮年シ経(フル)事を恨(ウラ)む計にて、風(カザ)切り羽(バ)もはへず、漸々産毛(ウブゲ)を頼にて峯を見上るもおそろしく、谷のすぐ成る道をはいあろき、大天狗の御用を達する小天狗にて候。我等是へ出る事余の義にあらず。」 常ノ如ク、ツレセリフアリ。誌取ツク。 一「か様に候者は、鞍馬の深ン山に住給ふ、大天狗の眷ぞく、小天狗にて候。我等の是へ出る事余の義にあらず。」 常ノ如ク、ツレセリフアリ。 「去程に当山の由来をいか成事ぞと思ふに、昔大中(ダイチウ)の大夫(ダイブ)藤(フヂ)の伊(イ)勢人(センド)と申御方の、草創せられし所なり。此実比は桓(クワン)武(ム)天皇の御宇、延暦年中の事成しに、或(アル)夜(ヨ)不思義のゆめを見給ふに、白髪(ハクハツ)たる翁告たまはく、此地世に勝(すぐれ)たる所なれば、寺建立し給へと有し程に、夢覚(サメ)て何れの所とも知らず帰申されば、白馬(ハクバ)に鞍を粧(ヨソヲイ)出しかば、誠に伝へ聞く。摩騰竺法(マトウヂクホウ)蘭(ラン)は、舎利像経を白(ハク)馬に乗震(ノセシン)旦(ダン)に来る。例のあれば白馬ば霊畜(レイチク)なり。さあらば夢の地を知(シラン)と一(イチ)童子を添(ソヘ)て放(ハナチ)し程に、彼馬城北(ジヤウホク)に向ひ茅(バウ)草中(サウチウ)に留(トヾ)まりたり。其(ソノ)時童子帰りて此事語ければ、大夫(ダイブ)行て見給ふに、夢中に違(たがわず)然(しか)も茅(ばう)裏中(りちう)に毘沙門天の像(ざう)を得たり。則一宇を建、彼像を安(アン)①置(ジ)し給ふに依て、今の代迄鞍馬寺と号す。誠に多聞天と申挙るは、四天王の其体にて在すが、先福徳自在を守り、中にも武運長久、息災延命、諸人快楽(ケラク)、別ては悪く魔降(ガウ)伏(ブク)怨敵(テキ)を亡(ホロボ)し、何事も思ふ願ひを叶へ給わんとの御誓に依、知るもしらぬも不(ヲ)何例(ナメ)て、老若ともに貴賤群集致す事、申すも中々愚(ヲロカ)にて候。就レ夫我等の是へ出る事余の義にあらず。源家の統領(トウリヤウ)義朝の御子、沙那王殿と申少人、保元平治の乱に付、当山西谷の御坊に御座成され、一(ヒト)トたび本意を達つせん事を御願ヒ有る故、則独鈷の坊の御同道にて。」 是ヨリ跡前ノ通リ△印ヨリツヾク。 但し留ニ。「いや〳〵。」「いらぬ事をして居ずとも、先早ふ帰るぞ〳〵。」 竹馬ニ乗リ入ル。 「やい〳〵、まて〳〵。同じ如くに帰るぞ。まくる事ではなひぞ、〳〵。」 ①左に「ヂ」と読み仮名をふる。 金春流道成寺 大夫道行廻((ママ))キ、案内コウ。 「誰にて渡り候ぞ。」 「尤拝せ申し度は候へ共、供養の庭へ女人堅く禁制と仰出され候間、成る間敷く候。併何にても舞を御調で候はゞ、某の心得を以て拝せやうずる間、急で舞を御調候へ。折節是に烏帽子の候。是を召され一指シ御舞候へや。」 遺形書 十三十四(表紙題簽) 遺形書 十四(内題) 一  大藤内 (㋪短キ方) 二  愛宕空也 (㋪脇応答之時) 三  雨月 (㋪作リ物出候時) 四  清時田村 五  雲林院 (㋪業平之子細尋ル時) 六  同 (㋪花ノ子細尋ル時) 七  鉢木 (㋪此詞有事モアリ) 八  班女 (㋪替之詞) 九  菊の下水 十  大仏供養 十一 大社  十二 大般若  十三 西王母  十四 玉の井  十五 春日龍神 (㋯壱人間)  十六 降魔  十七 龍虎  十八 野口判官  十九 岩船 (㋪語間)  廿  木曾願書  廿一 建尾  廿二 一角仙人 一 大藤内 短キ方 アド「やるまいぞ、〳〵。うろたへ者のがす事ではないぞ。」 ヲモ「のふ悲しやの、〳〵。免いて呉ひ、〳〵。」 「松明を出て打とめひ、〳〵。」 「人はないか、媿ろしや、〳〵。聊尓を召さるな、〳〵。」 「聊尓をすなと、己一矢に射てのけふぞ。」 「やい〳〵先まて、おれはおれじやぞやい。」 「おれはおれじやとぬかつた。一矢に討てのけふぞ。」 「理不尽に矢を放ツな、おれはおれじやわいやい。」 「矢を放ツなと、そちは何者じや。」 「木満宮の大藤内じやよ。」 「やあ〳〵何と木満宮の大藤内じや。」 「中々偖其方は誰ではないか。」 「いかにも某は誰じやが、わごりよは何とて爰へは出たぞ。」 ヲモ「不審尤じや、宵に祐経の館より咄せといふて。」 此間、常長キ方ト同断。 「漸々是迄にげて出たよ。」 「はて扨夫は不運ナ事に逢たの。偖其祐経を壱人打せて曾我兄弟の者は仕留たか、のがいたか。」 「祐成を仕留たとも云が、委しい事はしらぬが、其方は何とて爰へは出たぞ。」 「某は常々張弓を心懸て居たが。」 此間同断。 「此迄追欠たれば、わごりよじやが、命強ひへ((ママ))じや。」 「のふ〳〵、わごりよの咄を聞ても、身がひいやりとする。」「尤でおりやる。」 「のふ悲しやの、〳〵。又声高で。火がみゆるは、〳〵。」 「実と声高で。火が見ゆるは不思議な事でおりやる。」 此跡、常大藤内同断。 二 愛宕空也 脇応答ノ時、前常通リ。 「か様に由なき独り言を申さんよりは先あれへ参り、上人にお目に懸らふ。是は当山に仕へ申者なるが、先以御参詣目出度ふ存る。又先刻の老人に難有き者を遣されたれば、いか成とも御約束をば違間敷きと存る間、暫く是に御逗留成され、慥に奇特を御覧ありて、其後御下りあれかしと存る。」 「心得申候。」 「いかに当山の(㋯面々)老若御聞あれ、早時分なれば皆々不残出給へ。彼御方を待申さんよとの御事なり。何れも其分心得候へ、〳〵。」 三 雨月 太鼓出候時。 「舞楽をなして慰め御申有度思召により、某は太鼓を成り(と)も置申さふと存て罷出た。どこ許に置てよからふぞ。先爰に置ふ。いや〳〵是は片脇でわるさふな。大かた爰がよからふ。見た所が一段とよい。やあ〳〵皆々承り候へ。当社住吉大明神は。」 是跡、常ノ通リ。 四 清時田村 「か様に候者は田村清時に仕へ申者にて候。唯今罷出る事余の義にあらず。頼奉候清時、奥州三津の浜辺に集候鬼神を退治せよとの宣旨を蒙り、一大事と思召、初瀬の観世音に御参ある所に、何国とも知らず童子現れ、夫なるは清時にてはなきか、此馬に召れて鬼神の安く亡し給へと有しかば、いか成御方ぞとお尋有しに、由誰成とも唯頼のめ、しめじが原のさしも草と云もあへず、かき消様に失給ひて候程に、清時は御悦び限りなく、急ぎ奥州へ御下り有べきとの御事なれば、御供の人々は其分心得候へ、〳〵。」 五 雲林院 業平ノ子細尋候時。 「是は洛中に住者にて候。漸々雲林院の花も今を盛りなれば、立越心を慰ばやと存る。辞是に見馴申さぬ御方の御座候が、何国よりの花見にて候ぞ。」 常ノ通。 「先在原の業平と申は、阿保親王第五の御子。」 此間、常間同断。 「今に於て伊勢物語とは申伝る。先我等の存たるは如是にて候。」 「さ様の御方とも存ぜずして越((ママ))しかし((ママ))ぬ事を申迷惑仕候。扨は旁は常に伊勢物語を手馴給ひ、歌の道に執心深き御事を感じ御座し((ママ))、業平の御亡魂権に夢中に見へ給ひたると存る間、今宵は此花の影に伏給ひ、伊勢物語の奥義を残りなく御伝受あれかしと存る。」 「何にても御用の事あらば承らふずる。」 「心得申候。」 六 同 花ノ子細尋候時。 名乗同断。 一、(㋯語。)「偖当寺の子細と申すは、いつの比よりか此所に三院を建置れしが。」 此間、常ト同断。 「花の盛りは申に及ばず、未だ開かざるに芳(カヲバ)しく、ちり方になれば入相(イリアイ)風(カゼ)を悪(ニク)み、誠に見る人毎に帰るさをわするゝ程の木蔭(コカゲ)なれば、世に普ク雲林院の桜とは申習す。」 此跡、常ノ間ト同断。 寄特等同様。 七 鉢木 此詞有モアリ。初同断。 「早〳〵参りて御感に預ふ。」 「皆(○)世間に風聞致は、主君は近ひ比御修行成されたるとやらん申に、思ひの外早く御帰さへ不思義成に、殊に御陣(ヂン)触を仰出されたは、誰そ上の御事を陰(カゲ)言(ゴト)に悪敷申たか。但し亦西明寺殿ともしらず、らふぜきを仕たか、いか様唯事では御座るまい。是に付ても心中に少もあやまりの有御方は気遣ひな事で御座る。去ながら拙者に御念(ネン)比成さるゝお衆にあやしい御方は壱人も御座なひ程に祝着な。」 「先(○)是より武蔵へ懸り。」 此跡、常間同断。 八 班女 前、常ノ通。 「いかに花子の有か。申子細の有間、急で出られ候へ。」 「あのなりはいこふうつゝなひ様子哉。由なきかたみを取替し、思ひのやみに迷(マヨ)ふとは何の瞽女(ゴゼ)の事じや。とふ〳〵あるかしませひ。のふ、わごりよ。よふ聞しませ。」 跡同断。 九 菊の下水 「是は当長等(ナガラ)の里に住者にて候。某田地を多く持つて御ざるが、わせ中手はとくにからせ、御年貢に備へて御座る。漸々秋も末に成候へば、おくのての稲を見に参らふと存る。 扨も〳〵見事に出来た事哉。誠に当年はほうねんと申も尤でござる。某の田地斗でも御座ない。惣躰いづれをよふ出来た。追付御年具を納めしもふて御座らば、村中打寄いわゐ興行を催し、一日ゆるりとあそぼうと存る。いや是成お僧は此所にては見馴ぬ御方成が、何方より御越成されたれば此所に御座候ぞ。」 「中々此所に住者にて候。」 「心得申候。」 「扨お尋有度きとは、如何様成御事にて候ぞ。」 「是は思ひもよらぬ事御尋有物哉。」 此セリフ、イツモ同事。 「去程に古は当国を備(キビ)の国と申て、大国にて御座候へしが、其後備前、備中、備後と三ヶ国にわかる。殊に当国は都近ク海路の便能く御座候故や、仁王十六代応神天皇御在位の御時、当国に御行被成、則此葉田の芦守にしばらく御座被成たる由申。此応神天皇と申奉るは忝も八幡大𦬇の御事也。又しもみちの真備(マビ)と申御方の御座候が、此御方は唐土に渡り給ひ、学文の道は申に不及、色々様々の事迄御相伝被成、御帰朝有、我が朝にてこと〴〵く御ひろめ被成候。然ば此御方へ当国を給り、則備(キビ)の大臣とは申す。又菊の下水の御事は昔此所に有徳成者有しが、常に菊をのみ寵愛致し、庭にも門にも菊をうへおかれしが、いつとなく菊の葉末の露、是成る流れにしたゞりしが、人々何心もなく流れの水をくみければ、心もすゞ敷、寿命長遠息才延命にして無病也。去るに依て昔より今に至るまで、当国には長命なる人々多く御座候。されば廃帝(ハイタイ)天皇の御時正二位たかひろきやうの御歌に、くむ人のよわいもさそふ長月の長等(ナガラ)の川の菊の下水と読申されたると承る。其後所の人々打寄井さらいをこしらへ、又流れをせき入られて候。此事に付あまた子細の有とは申せど、先我等の存たるは如此にて候。」 ○跡ノセリフ、何レモ同事。 「但菊の精魂女人とあらわれ、お僧に詞を替したると推量致。」跡何レモ同断也。 十 大仏供養 「是は南都東大寺に仕へ申能力にて候。今日大仏殿の御供養なされ候。国々在々所々迄相触申せとの御事にて候間、心ざしの旁は御参り被成候へ。夫大仏殿と申は天竺りやうじゆせん釈迦のみまへにして、御菩薩仰合され候様は、日本は天地開闢の時より此方神国にて仏法のみやうじ未しらず候故、一切衆生を仏道へ引入給わんと此御契約により、則清む天皇、らうべん僧正、ぎようき菩薩、ばらもん僧正けしようしたまひ、此ちに渡り給ふ。其時ぎようぎぼさつ、霊山釈迦の御前にてひ((ママ))きりして真世くちせずけり((ママ))みつるかな。又ばらもんの御返歌に、かびらへにともに契りしかひありて文殊の御顔(カヲ)けう((ママ))見つるかなと詠給ひしなり。去ながら神国にゆひほうをひろめ給わん事を恐れ給ひ、行基𦬇に仰て、大明宮へ其はうけんの窺ひ給ひ御参籠有て、是を祈誓し給ふ所に、御神つげてのたまわく、しんそうしんによの日輪わ、しやうじでうやの闇をてらす、ほんうぢやうじゆの月輪、南無みやうぼんなふの雲をはらふ。此文(モン)の詞を見るに仏法に似たり。神代の昔にぢじん天岩戸を開きて、でうやの闇をてらし、月輪あめや雲をはらふて、芦原の中津国に天下り給ひ、南無みやうぼうのんの雲をはらふ。此御詞によつて、ときにてんぺい年中に右大臣橘の諸恵卿(モロミコウ)に仰せて、ちよくしをして、大明宮へぐわんのみてらをこんりうすべきよし祈り給ふ。くだんのちよくし御きさんの後、御門の御前にぎよくふにぢげんし、くわうみやうを放てのたまわく、たうてうはもつ共、しんめいきんかう仕奉べし。然に日輪大日如来、本地るしやな仏なり。衆生此りをさとり、まさに仏法にきゑすべし。此ごとくせんによつて猶(イヨ)〳〵御思すゝみ、始めて大がらんをこんりう仕給ふ。然りといへども末世のしるしにや、平家の大将清盛悪逆をおこし、大がらんをぼんしやうし給ふ。其天ばつに平家の一門西海にほろびぬ。此皆本の右大将頼朝、重て御再こう候所に、大このせうかく大僧正へ御談合あり、しゆつちよう上人を勧進聖にゑらば((ママ))出し給ふ。此上人と申は、慈悲しん広大の人にて御座候。更共此年六拾にて候間、多賀大明神へ御命を祈らせ給へば、御夢想にむしろをあたへ給ふ。此文字廿をのぶると書たれば、扨は八十迄は長命ならんとて、きかひ、かうらひ、はくさい国、我朝は申に及ず、こと〴〵く御勧め被成候。今日大仏殿を御供養被成候。か様の御代に生れ合ふ事、有難き御事なれば、皆々御参り候へ。其分心得候へ、〳〵。」 十一 大社 「抑是は当社明神に仕へ申末社の神にて御座候。此所へ罷出る事余の義にあらず。扨も当ぎん社へ御申成さるゝ臣下殿、当社へ御参詣なされ候。明神御祝着に思召程に、人間とあらはれ、声詞を御替し被成候。然共我等がやうなる末社の臣にも罷出、当社の目出度子細をよそながら申上よとの御事なれば、取敢ず罷出て候。先はや当社明神と申は、神のちゝ、神のはゝ、三十八社の御神をくわんじやう申によつて大社と申す。又五人の王子と申は、第一はあじかの大明神とあらわれ給ふ。山王権げん是也。第二には湊の大明神、九州むなかたの明神と権ぜらるゝ。第三はは(①)なさのはや玉の神、ひたち鹿嶋の明神と顕れおわします。第四はとやの大明神、信濃の国すわの明神と顕(ゲン)じ給ふ。第五には出雲の大明神、いよの三嶋の明神と顕れ給ふ。其外の神々、国々に地をしめて御座候に依て、吹風枝を鳴さず、民とざしをさゝず、目出度御代にて御座候。然ばいづくにも十月を神無シ月と申せども、此所には神在月と申。其子細は諸国の神々、十月朔日の寅の刻に、こと〴〵く御やうごふ成さるゝ。又住吉大明神は九月晦日に御下向成され、男女夫婦のかたらいをも此所にて結び合給ふに依て、神在月と申。又あれに見へ申海道は上道下道中道と申て数多御座候が、あの上道をば十月神の御通り有と申て通り不申候。又此芝は四面のしばと申、是へも神の御馬を御放有と申て、人間は十月牛馬を放し申さず候。いや〳〵よしなき長物語申て有物哉。先大臣様へ御礼申そう。乍去、一かなでかなでて御礼申そうと存る。」 舞有。 ①「は」は「い」の誤写か。 十二 大盤若 「抑是は此所に年久敷住居仕る鱗の精にて候。某此所へ罷出る事余の義にても御座無候。大唐のれんうんゑ((ママ))ぢうそう三ぞう法師と申御方、大般若のめうぢんをしんだんに渡し給わんとて此所へ御出被成候。然ば彼御経と申は、此上の水上にむねちと申所とて、しやか女((ママ))来の七度迄御すいちよ被成たる御時有たる御経なれば、中々あの三ぞう法師□(ら)づれに御渡し有ふずる事は思ひもよらぬ事にて候。三ぞう法師、此川を御渡り被成るれば取ては服(ブク)し、又御渡り候へば取てはぶくし、六度まで命をとり給ひ候。三ぞう法師もたてたるぐわんにて候をおろかにしては叶ふ間敷きと思召、此度はせうをへんじ給ひ、しとならはんとなり。今度は七度目にて候間、しんじや大わう此由聞し召、殊勝大一の者なる間、此度は彼御経を御わたし有べきとの御事にて候。先此川と申は、たやすく人間の渡るべき川にてもあらず。ひろさも一万よじやう、深さも一万余丈(ジヨウ)にて候を二拾五の菩薩達、此所へ御ようごう被成、三ぞう法師の手を引、御わたし有べきとの御事にて候間、某も先此所へ罷出、三ぞうの御すがたを拝し申、後の世迄の物語りに仕らふと存る間、先さんぞう法師に御礼を申そうと存候。」 十三 西王母 「抑是は周のぼく王に仕へ申す官人にて御座候。去程に此君賢王に在により、天より西王母の園の桃を持て、参内有ふずるとの御事に候間、皆々其分心得候へ〳〵。」 「先はや西王母と申御方は、いか成人にて有ぞと存候処によく〳〵承候へば、ごんろん山の仙人にて御座有由承候。此西王母二人の子を持給ふが、其名を金子、金玉と申候。然ば西王母わうごんをあたへ申され候。其時金子は金玉にわうごんをとり申されいとの御事にて候へば、又金玉は金子に御とりあれとの次第にて候。其時両人のあいに彼ノわうごんのいけ申候へば、有時わうごんの上より一本をひ出申候。不思義成事と思ひ、一首を詠じ給ひ候。其時の歌に、なかがきのふたりの主ありてうゑし金王もゝとこそなれとよみ給ひ候。もゝと申は三千年に一度花咲、みの成、もゝにて御座候。壱つぶくすれば三千年の寿命をたもち、二つ服すれば六千年のよわひをたもつもゝにて御座有由申。東方朔は三つ迄服し申されたるに依て、九千歳をたもち申され候。此もゝに露をそゝぎたるをねぶりたるともがら迄も、千年五百年の寿命をたもち申。西より風吹かばらいわんと思召せとの御事にて候が、やう〳〵そよ〳〵と吹申候候((ママ))間我等如きの者迄も木蔭にて目出度やうだいをおがみ申そふと存候間、各も其分心得候へ、〳〵。」 十四 玉の井 「抑是は此海中に住貝の精にて候。去程に天地七代、地神四代の王子をば、炎出見の尊と申。其兄尊(ミコト)をばほのそ((ママ))うり((ママ))の尊と御申候が、御兄弟ながら御遊び以外にて御座候。兄尊は海中に出、釣を垂御慰み被成候。炎出見の尊は山に入り、しゝがりを頼もしく御慰み成さるゝ。有時面白く御慰みあらうずると有て、兄尊の針をかり給ひ、おきへ出られ、釣を垂給へば、手なれさせ給ひぬ事にて候へば、魚に針をくひとられ、めいわく被成、御もどり有て、兄尊へ針をとられたる由御申候へば、兄尊仰られ候は、中々本の針ならでは取る間敷由仰候へば、炎出見の尊はめひわく被成、りうの都へわけ入給ひ、つげの木の本に立休らい給ふ所に、豊玉姫は玉のつるべを持、玉の井水を結びて御座候を見付給ひ、其方はいか成人ぞと御尋なさるれば、豊玉姫と申者にて御座有。扨其方はいか成人ぞと御尋候へば、是は炎出見の尊(ミコト)と申者にて候が、子細有て此所へ参りて候と御申なさるれば、やがて頓(ヤガ)て((ママ))夫婦のかたらひを成し給ひ、りうの都へ御供なひなされ、そこにて御心を免(ユル)し給ひ、我はうをに針をとられたる由御申候へば、頓て鱗こと〴〵く召寄せ給ひ候へ共、針は御座なく候処に、あかだひまいり申さぬを不審に思召、頓(ヤガ)て召寄(メシヨセ)給へば、あかだい針をくひとめ申て候を取返し、せんじゆ、まんじゆ、まんせんの玉を相そへ、炎出見の尊へ参らせられ候へば、御祝着に思召、御帰り被成候。か程目出度折節なれば、貝の精は罷出、酒ゑんをなし、めでたう諷いて帰り申そふずるにて候。荒々目出度や〳〵な。見めよき蛤の女郎貝に御しやくをとらせ、すだれ貝を懸ならべて、西にかたぶく日も赤貝、いさらや〳〵とうたひつれて、いも((ママ))さや〳〵と謡ひつれて、本の海中に入りにけり。」 十五 春日龍神 「抑是は春日龍神に仕へ申末社の神にて御座候。某此所へ罷出る事余の義にあらず。当社明神の御神秘、御参詣の旁々によそながら語申そ((ママ))ずると存候。惣じて当社明神と申は、其昔河内の国平岡山に御座候が、去子細有てじんごけいうん二年に、当国此所ほんぐうのみねへうつり被成たる御事にて御座有。然ばそれより前は、かげあさきは山にて御座候へしが、氏(ウジ)子より木を植申て、依てか様にみやまとなり申たる御事にて御座候。去程にみやう恵上人様、入唐渡天成されうずると思召、当社へ御暇乞の為に御参詣被成候所に、明神の御たくせんには、とがの尾の明恵上人様と笠置の下だつ上人様とは、両人まなこのごとくに思召候処に、入唐渡天被成れうずるとの御事は、何とか以て御やうに思召、いろ〳〵御とめ被成候へ共、上人様御がてん御座なく候間、重て秀行の神を以て御使として仰らるゝは、上人様へ入唐渡天と仰られ候は、いか成事の御のぞみにて御座有ぞとお尋成さるれば、上人様の御じよふには、釈尊りやうじゆせんにてせつぽふの様躰望成よし仰られ候へば、明神様よりの御じようには、さあらば五天竺のやうだひ、次に釈尊御せつ法の躰を、当山の中にまのふで拝ませ御申被成れうずる間、入唐渡天御留り被成候へとの御事にて御座あれば、上人様大方御合点の様に御座候間、先々山々を御定めなされうずるとて、先天だいにはひゑい山を御定め被成候。又五台山には吉野筑波を御覧ぜよ、其外答之峯に顕れ給ふは、あなん、かせう、もくゑん、何も諸菩薩を御拝み被成候へ。御せつぽうの躰を顕し御ふし有ふずるとの御事にて御座候。か様の折節生合ふ社、誠に難有き御事なれば、老若男女に至る迄罷出て拝み候へ。其分心得候へ、〳〵。」 十六 降魔(ガウマ) 「是は大六天の魔王、まけいしゆみしようかうてんぢくのけんぞくにて候。夫世界の第六天は皆魔王が国たる所に、此度釈尊じやうとう成間敷く間、さ様に候くししゆじようことごとく仏果を得べし。いか様にもせうげをなし、此度のじようとうをとめ申べきとの御事にて候。女人には心を写すならひなればとて、きらく、きけん、かつたい女、此三人の美女を遣し候所に、釈尊少しも御心を写し給ふ事もなくして仰せられ候は、汝大六天の魔王、美女と成て、我等がじようとうをさまたげんために、只今是迄来りたる。汝様々にさまたげをなすと云ども、本より此身はぶさう、ふけん心を写す事有べからず。いで汝を忽鬼面に成すべしと有しかば、則御声の下よりも三人の美女、忽鬼面となり、かうさんし、たひさん申す。又其後ざうひやう、め兵、ごひやう、やうひやうと申、四ぐんの遣さる。彼四ぐん隠れなき兵なれば、色々様々にけいびやくし、さまたげを成し申所に、釈尊五ぢをあけ給へば、忽しゝと成て、彼四ぐんひちようす。此上はしやうこてんぢくに御出あツて、たとひいか成釈尊成共、魔道へ引入申べきとの御事也。去間魔王のけんぞくたるべき者は罷出よとの御事にて候間、其分心得候へ。相心得候へ。」 十七 龍虎 「是は此隣に住居仕しやくわんにて候。爰に面白き御事の候。龍虎の戦の候が、人間のいせひを争如く、けだものと申乍も位高き者にて候間、きんりうあるをうがつては、まうこゑんざんに風を出すと申事の候。雲井に住ばれうとのもん、御門の御衣にもれうこをおり付、天子の御乗物をれうがと申候。又虎と云物は竹の中を住家とする事もうちのきよきにて候。ちひろのかげなどゝ申事も、しやうくわん召たる御事と承及候。仏法の明なる事を知て、羅漢に仕へ、しすいの内にも入ると申す。れうぎんずれば雲おこり、とらた((ママ)①)そぶけば風しやうずと申事の候。けだ物の内にても位高き物にて候。此弐つのけだ物と申は、中々花のごとく、何れもせうれつ有間敷候。只今龍虎の戦が初らふずる間、皆々見物申され候へ。其分心へ候へ、〳〵。」 ①「た」は「う」の誤写か。 十八 野口判官 「在所の者を御尋は何の御用にて候ぞ。」 シカ〳〵。 「あれ成る寺はけうしん寺と申寺にて御座候間、御心静に御覧候へ。」 「重て御用候はゞ承らふずるにて候。」 シカ〳〵。 「心得申候。」 「毎日けうしん寺へ参申、又今日も参らふずる。いや是に最前の御僧は未御逗留にて候よ。」 「畏て候。扨お尋有度とは何の御用にて候ぞ。」 「何と此所に於てけうしん寺の上人様の由来を存じたらば、物語申(①)との御事にて候か。我等も此所に年久敷住申候へ共、細敷事は存ぜず候。去乍何をも存ぜぬと申もいかがなれば承及たる通り、物語申そうずる。此所に於てけうしん上人と申御方は、南方奇特成事の候ぞ、六条の判官義朝の第九番目の御子、常盤腹には三男めと承候。去によつて太夫九郎判官義経と申候。幼ひ時より鞍馬に御座候へしが、学文はなされず、明暮僧正が谷へ御出候て、太郎坊に兵法を御稽古なされ候故、名大将と成給い、右大将義((ママ)②)朝の御代官としておごる平家を亡し候処に、梶原景時がざんげんにより御兄弟の御中不案に成り給ひ、おう州秀衡(ヒラ)を御頼候て、衣川高立の城に御こもり候を、生死無常の習ひとてはて給ひ候。其後秀ひら子共心替り申、鎌倉より打手の大将給り高立の城へ責入候処に、義経を御腹召されんと思召候所に、こくうより黒雲一村立来り、其内へ巻込せつなが間に、此野口と申す所へ来り給ひ、本結切、出家にならせ給ふが、御名をけうしん上人と申、往来の人の重荷抔を持、慈悲を専らと仕給ひ、一生がひを送り給ひ候が、すでにめつ後に及給ひし時、はだの御守に血脈の候へしを、人々取出し拝み仕り候へば、六条の判官義朝の二男よし経と御座候を見るよりも、人々きもをけし、夫より御とむらひ候処に寺を立、教しん寺と申候。最前も申如く、くわしき事は存ぜず候が、扨何と思召お尋候ぞ。」 シカ〳〵。 「是は不思議成事を承り候もの哉。夫はうたがひもなきけうしん上人にて御座有ふずると存候。殊に衣川より御出候御方なれば、なつかしく思召程に見へ給ひ、声詞を御替し有たると存候。末は急ぎにて候共暫く御逗留有て、けうしん上人の御菩提を御弔ひ被成、其後何方へもお通りあれかしと存候。」 シカ〳〵。 「重て御用候はゞ承らふずる。」 シカ〳〵。 「心得申候。」 ①「申」の後に「せ」が脱字か。 ②「義」は「頼」の誤写。 十九 岩船 「先はや此所に於て浜の市の子細、又当社明神の謂と申は、昔御門より御勅使としせんまいの浜の市を御立なされ候。目出度御代にて御座候へば、せい人も山より出、仙人も出世すると申候へば、げかひのりうじん大般ぢやくを舟に作り、ろかひかぢをこしらへ、船中に数の宝をつみ、天の作女、千年のがれもつて参るべきとて、にうわに玉を指上げ、詞を替し御申被成たると承候。然共其後大臣は都へ御上洛被成たる由承候。惣じて此所に於て浜の市の子細、又は当社明神の謂、色々様々有様に申習わし候へども、最前も申如く若き者の事にて候へば細(クハ)敷事は存ぜず候。我等の承及たる分は物語申上候が、扨何と思召、念比に御尋被成候ぞ。」 廿 木曾願書 「所の者と御尋は何の御用にて候ぞ。」 「何と御申候ぞ。あれ成新しき社壇はいか成神をあがめ申ぞと御尋にて候か。あの宮にはじめて八まんをくわんじやう申により、今八幡とも申、又はにうの八幡共申候。此所始ての御方ならば、御心静に御参詣被成候へや。重て御用候はゞ御申候へ。」 廿一 建尾 「やれ〳〵、聞たか〳〵。」 「何事ぞ〳〵。」 「しらぬか、頼ふだ人と嶋津殿と大けんくわが出来て、嶋津殿内の者をさん〴〵に討た。此由を嶋津殿聞召、大勢にて寄てくると申。此由を此方にも聞召、おびたゞしうやうがひをなさるゝ。去乍爰にせうしなる事が有は、きつかう殿御じ((ママ))やてひに藤左衛門殿と申は、御物詣にて御内に御座らぬ。其御子息に千若殿と申て幼き御子の有が、御内の者共つれて御出有ふずると思召(ヲヽセ)らるれば、御内のおとなにたちなふと申者有が、色々留申候へば聞しられぬ間、御母御様へ申上種々とめ申せ共、御同心ない。幼ひと申乍も侍程有て、ついに御出候よ。きわまるれうけんなさに、かみ様より御重代の御太刀を千若殿へ参らせられた。此度の御事なればきつこう殿、御知行の者は男成(タル)べき者は上は八十、下ははたちを限り一人も残らず罷出よと相触申せとの御事じや程に、汝も少々触てくりよまいか。」 「扨々汝がぶせうな者じや。更ば某触て通らふ。皆承り候へ。きつこう殿御知行の者共、男たるべき者は上は八拾、下ははたちを限り、壱人も残らず罷出よとの御事にて、か様に相触申ぞ。皆々其分心へ候へ、〳〵。」 廿弐 一角仙人 「か様に罷出たる者ははらなひ国に住居仕仙人にて候。目出度子細を申そうか、又悪き事を語らふか。爰に一角仙人と申者の候が、しかのたいなひに宿りたる仙人にて候へば、ひたひに一つの角有其故に一角仙人と名付申候。此仙人有折節、山よりおり遊び候へば、俄に雨ふりて山よりすべりころばれ候。仙人い□れ候様は、我ころぶ事余のぎにでもなし。是は雨ふりたる故なり。又雨は龍のふらする物なれば、龍王共を岩屋の内へふうじ込て置き候へば、一ゑん雨ふり申さず。ごゝくもそだゝず、民の悲しみ限りなし。御門此由聞召、何ともして彼仙人をたぶらかさんと思召候処に、大じん申され候様は、きさき達を道にまよふたがやうにもてなし、仙人に酒をもり、酔ふしたる所を岩屋を打わり、龍神を出そふとたくみ候て、此所へ来り候を彼仙人夢にも知らずして、生躰もなく酔伏申間、此由を急ぎ参り申聞せうと存が、いかに仙人聞候へ。汝酔伏たるにより唯今岩屋を討やぶり、彼龍神出申候間、とう〳〵眠りを寤され候へ、〳〵。」 右遺形書全部拾四冊 嘉永五年六月写之 【解題】 法政大学能楽研究所蔵「遺形書」 七冊 (能研所蔵番号 45)  写本。袋綴。帙入。七冊すべて横刷毛引表紙(二四・二×一六・六糎)、題簽(一四・〇×二・九糎)。薄葉楮紙。本文墨書。目録と本文の曲名上の漢数字を一部朱書する場合がある。各冊の題簽は「遺形書 一 弐」・「遺形書 三 四」・「遺形書 五 六」・「遺形書 七 八」・「遺形書 九 十」・「遺形書 十一 十二」・「遺形書 十三 十四」。すべての冊に「笹野文庫(朱陽長方印)」(2オ)が押される。奥書は、第七冊のみに「右遺形書全部拾四冊/嘉永五年六月写之」(63オ)とある。嘉永の年記のほかに、天保三年の江戸城御本丸中奥に於ける〈朝長〉「懺法」の番組と、天保十二年の田安家での〈芦刈〉のワキの台詞を書き留めた記事があり、嘉永に書写された『遺形書』の原本は天保頃のものと思われる。  本文は、本狂言または間狂言の台詞を一部引用し、その下や右横に、台詞に対応する型付を漢字片仮名交じりの小文字で記す場合と、台詞の記述が主体で型付をほとんど記さない場合がある。全体としては前者の型付の割合が多く、本書の中心は型付にあるといえる。型付には、足拍子を示す●の記号が記される。謡には一部、節を付す。  各冊の目録の掲載曲と、実際に本文に記述する曲目には違いがある。目録に曲名があがるものの、本文自体は記していない曲がある(その場合は「一、所収曲」の項目に示した曲目リストに*を付した)。同じ曲の異なる演出を、改めて別に記す場合もあり、それらを重複して数えると、本書の所収曲は本狂言一五三曲、間狂言二二七曲になる。本狂言と間狂言には上演の稀な曲が含まれており、その点においても本書は貴重である。  本書はすでに能楽研究所『蔵書目録附解題』(一九五四年)に取り上げられており、考察に用いた。 一、所収曲 第一冊 題簽 「遺形書 一 弐」 全二十六丁  内題「遺形書 一」(1オ)  目録(2オ・ウ)には、本狂言のうち脇狂言〈麻生・末広かり*・目近込骨・三本柱・張蛸・連歌毘沙門・毘((ママ))(恵)比須毘沙門・恵比須大黒・大黒連歌・福の神・氏結・煎物・鍋八撥・鎧・宝の槌・隠笠・餅酒・鴈雁金・三人夫・勝栗・昆布柿・筑紫奥・佐渡狐・相合烏帽子・松楪〉をあげる。目録にはないが、本文では〈鍋八撥〉の後に〈牛馬〉が記される。よって所収曲は計二十五曲。型付を中心とした記述になっている。  内題「遺形書 弐」(12オ)  目録(13オ)には、修羅能の間狂言〈田村・八嶋・忠度・兼平・道盛・敦盛・頼政・知章・箙・実盛・朝長・巴*・碇被・経政・俊成忠度〉をあげる。目録末尾に「二番目間 三」。実際の所収曲は十四曲。本文は曲によって繁簡がある。〈俊成忠度〉の後に、天保の番組を含んだ〈朝長〉のワキとアイの応対部分における、ワキの台詞と型付が記されている。  修羅能部分に続いて、三番目物の目録(20オ・ウ)を掲載する。〈軒端梅・芭蕉・采女・井筒・江口・定家・夕顔・半蔀・半蔀 立花供養・空蟬・野宮・檜垣・伯母捨・仏原・藤・誓願寺・六浦・陀羅尼落葉・胡蝶・朝顔・松風*・楊貴妃・祇王・二人祇王〉、末尾に「三番目間 四」とある。実際は二十三曲の掲載。〈朝顔〉の間語りは詳細であるが、それ以外の曲は台詞と型付を「同断」と省略したものが多い。 第二冊 題簽「遺形書 三 四」 全五十一丁  内題「遺形書 三」(1オ)  目録(2オ・ウ)には、〈雷電・車僧・同 替・大会・是界・鞍馬天狗 能力/天狗・葛城天狗・飛雲・土蜘蛛・鵺・鵜飼・橋弁慶・同 二人間・小鍛冶・同 来序・吉野天人 短キ方・紅葉狩 悪女/武内・羅生門・同 二人間・現在鵺・熊坂・鐘馗・藤戸・張良・三山 シャベリ/語間・求塚・当麻・須磨源氏・吉野天人 長キ方・第山((ママ))(六)天〉の三十曲を所収する。目録の末尾に「雑能間 五」とある。アシライアイの曲では台詞を引用しながら型付を詳細に付すが、間語りの場合は「同断」と簡略に記す。  目録(11オ・ウ)掲載曲は〈項羽・大瓶猩々*・同 来序・錦戸・夜討曾我・阿漕・野守・殺生石・天鼓・絃上・春日龍神 シヤベリ/ワキ応答・同 来序*・鉢木 シヤベリ/供・芦刈・雲林院・遊行柳・三輪・龍田・女郎花・船橋・融・海人・梅枝・錦木・葛城・龍虎 シヤベリ/脇応答・松虫・忠信・大蛇・豊干〉。〈錦戸〉の後に「文使間」が入り、所収曲は二十九曲。〈豊干〉の後に「芦刈春藤流セリフ」としてワキとアイの応答の台詞を追記する。目録の冒頭に「雑能門((ママ)) 六」とある。アシライアイの曲は詳しく、間語りの曲は簡略になっている。  目録(20オ・ウ)掲載曲は、〈小塩・浮船・玉葛*・山姥・雲雀山・大仏供養・盛久・草薙 シヤべリ*/語・愛宕空也・三笑・合浦・小原御幸・住吉詣・鷺・双紙洗・碪・恋重荷・綾鼓・千引・常陸帯・弱法師・護法・満仲・鶏龍田・鳥追舟・室君・高野物狂・加茂物狂・籠祇王・関原与一・二人静*〉。目録の末尾に「雑能 七」とある。実際の所収曲は二十九曲。アシライアイの多くの曲は型付を詳細に記しているが、〈籠祇王〉のみは台詞を中心に詳しく記す。   内題「遺形書 四」(29オ)  目録(30オ・ウ)掲載曲は〈鶴亀・皇帝・咸陽宮・邯鄲・班女・吉野静・船弁慶・安宅・西行桜・三井寺・舎利・黒塚・藤栄・花月・百万・自然居士・東岸居士・富士太鼓・善知鳥・籠太鼓・藍染川・小督・放下僧・烏帽子折・接待 家来〉。〈舎利〉は、別に宝生流の時の台詞も詳細に記しており、実際の所収は二十六曲。立チシャベリ、アシライアイの曲がほとんどで、台詞の引用も多く、型付も非常に詳しい。 第三冊 題簽「遺形書 五 六」 全五十八丁  内題「遺形書 五」(1オ)  目録(2オ・ウ)掲載曲は、〈春栄・鉄輪・唐船・正尊・葵上・蟬丸・七騎落・俊寛・巻絹・調伏曾我・小袖曾我・元服曾我・禅師曾我*・土車・竹雪・国栖・檀風・大江山・接待・木賊・行家・鐘引・水無瀬・橋立龍神〉。目録の末尾に「会釈問((ママ)) 九」とある。〈土車〉の替が入り、〈橋立龍神〉の後には、〈摂待〉(曲名のみ。本文部分に空白をとる)と〈調伏曾我〉を別に記している。よって実際の所収曲は二十五曲になる。〈木賊・鐘引・水無瀬・橋立龍神〉は台詞が中心であるが、それ以外の曲は詳細に型付を記す。 内題「遺形書 六」(17オ)  目録(18オ・ウ)掲載曲は、〈呂后・文学・隠山・横山・身売・太刀堀・橋立龍神・高野敦盛・笠置山・舞車・羊・笈扖・浜川・守屋・隠岐院・桜間・西寂・鵜羽・樒塚・斉藤五・雲雀山 長キ詞・東岸居士・鳥追舟・清重・河水・室君・太世太子・砧・大木・丹後物狂・二人祇王 宗玄作・巻絹・鞍馬源氏・同 真ノ間・金春道成寺 応答〉。稀曲が中心で、型付よりも台詞が中心に記述されている。目録と本文曲名の右上に朱筆で番号を付す。〈横山・浜川・鳥追舟・河水〉は、目録にあがっている常のやり方のほかに、本文に別項目を立てて替台詞・演出を記しており、所収曲は三十九曲になる。 第四冊 題簽「遺形書 七 八」 全五十五丁  内題「遺形書 七」(1オ)  目録(2オ・ウ)掲載曲は、本狂言〈狐塚・文山立・磁石・茶壷・長光・飛越・仏師・八句連歌・呂連・三人片輪・土筆・縄索・棒縛・伯母ヶ酒・胸突・止動方角・栗焼・柑子・素袍落・米市・口真似・咲花・船ふな・花争・痺・醉辛・太刀奪・心奪・昆布売・膏薬煉〉の三十曲。型付を中心に記す。  内題「遺形書 八」(32オ)  目録(33オ・ウ)掲載曲は、本狂言〈鞍馬参・鱸包丁・井杭・武悪・惣八・文蔵・二千石・物真似・寝音曲・呼声・鶏流・御冷・児鏑流馬・業平餅・唐人子宝・文荷・箕被・空腕・人か杭か・西翁・釣針・石神・河原太郎・鹿ぞ鳴〉。〈居杭・西翁〉は替演出を掲載しており、所収曲は二十六曲。型付を中心に記す。 第五冊 題簽「遺形書 九 十」 全四十七丁  内題「遺形書 九」(1オ)  目録(2オ)掲載曲は、本狂言〈歌仙・若菜・合柿・横座・引括・笋・菊水祖父・蟬・姫糊・魚説法〉の十曲。〈笋・蟬・姫糊・魚説法〉は、型付がほとんどなく台詞を中心に記す。  内題「遺形書 十」(26オ)  目録(27オ・ウ)掲載曲は、本狂言〈比丘定・枕物狂・法師ヶ母・金岡・鳴(子)・通円・楽阿弥・宗論・泣尼・水汲新発意・川上座頭・半銭・朝比奈・餌差十王・八尾・節分・籤罪人〉の十七曲。本文の曲名の上に「十六番奥習」または「小習」と記す曲がある。型付を中心に記す。 第六冊 題簽「遺形書 十一 十二」 全七十六丁  内題「遺形書 十一」(1オ)  目録(2オ)掲載曲は、本狂言〈相生神楽・布施之齋・比丘桜・猪狸・現在通円・深草祭・笑祖父〉の七曲。台詞は一部を抜き書きするのではなく、全文を記している。〈相生神楽・猪狸・笑祖父〉には型付が付される。装束付も掲載。  内題「遺形書 十二」(43オ)  目録(44オ)掲載曲は、本狂言〈穂積・太子手鉾・鬼争・長刀応答・現在通円・七福神〉の六曲。台詞は一部の抜き書きではなく全体を記し、型付も付す。謡には節付を施す。 第七冊 題簽「遺形書 十三 十四」 全六十三丁  内題「遺形書 十三」(1オ)  目録(2オ)掲載曲は、本狂言〈吃・鎌腹・内沙汰・鈍太郎・寝代・柿山伏・祢宜山伏・犬山伏・梟山伏・蟹山伏・苞山伏・腰祈・伯養・丼礑・不聞座頭・花見座頭・茶齅座頭・伊呂波・皹・冨士松・鬼瓦・附子・舎弟・千鳥・鐘の音・鏡男・仁王・瓜盗人・連歌盗人・盆山盗人・子盗人・花盗人〉の三十二曲。台詞の一部を引用し、型付を詳しく記す。  内題「遺形書 十四」(35オ)  目録(36オ)掲載曲は、〈大藤内 短キ方・愛宕空也 脇応答之時・雨月 作リ物出候時・清時田村・雲林院 業平之子細尋ル時・同 花ノ子細尋ル時・鉢木 此詞有事モアリ・班女 替之詞・菊の下水・大仏供養・大社・大般若・西王母・玉の井・春日龍神 壱人間・降魔・龍虎・野口判官・岩船 語間・木曾願書・建尾・一角仙人〉の二十二曲。目録と本文曲名の右上に朱筆で番号を付す。型付はほとんど記さず、台詞を中心に記す。 二、形態  本資料の奥書「右遺形書全部拾四冊/嘉永五年六月写之」にいう「全部拾四冊」とは、内題が示す「遺形書一」から「遺形書十四」のことにあたり、十四冊に分かれていた本が嘉永五年(一八五二)に七冊に合写されたと思われる。以下に各冊の所収状況をまとめた。   第一冊 「一」脇狂言       「二」修羅能と三番目物の間狂言   第二冊 「三」雑能の間狂言       「四」アシライの間狂言   第三冊 「五」アシライの間狂言       「六」稀曲の間狂言   第四冊 「七」小名狂言・集狂言など       「八」小名狂言・集狂言など   第五冊 「九」稀曲の狂言       「十」習物の狂言   第六冊 「十一」稀曲の狂言       「十二」稀曲の狂言   第七冊 「十三」山伏狂言・集狂言など       「十四」稀曲・替の間狂言 第一冊「一」は脇狂言から始まるが、続く「二」には間狂言が収められ、そのまま第三冊「六」までは間狂言の冊である。そして、第四冊「七」から第七冊「十三」に本狂言を所収し、最後「十四」に再び間狂言を収める。本狂言と間狂言の冊が混ざっており、両者を明確に分けていない。  冊順の混乱は、ほかの点にも見えている。『遺形書』の本狂言(稀曲・習物は除く)の曲名には、左に示したように、約五曲おきに番号が付されたものがある。   第一冊「遺形書 一」   「一番 麻生」「二番 恵比須毘沙門」「三番 煎物」「四番 餅酒」「五番 筑紫奥」   第四冊「遺形書 七」   「廿六番 狐塚」「廿七番 飛越」「三十番 口真似」「三十一番 醉辛」      「遺形書 八」   「三十二番 鞍馬参」「三十三番 文蔵」「三十四 鶏流」「三十五 文荷」「三十六 釣針」   第五冊「遺形書 九」  「三十七 歌仙」「三十八 笋」   第七冊「遺形書 十三」  「二十番 吃」「二十一番 柿山伏」「二十二番 伯養」「二十三番 伊呂波」「二十五番 瓜盗人」 「一番 麻生」の後には、曲名の右肩に番号を記していない「末広かり・目近込骨・三本柱・張蛸」の記事が掲載され、次に「二番 恵比須毘沙門」になり、再び番号のない曲目の記事が続き、「三番 煎物」となっていく。このような表記をふまえると、『遺形書』の本狂言の原型は、五番綴であった狂言台本を基にしたものであったのかもしれない。冊の順番に注目すると、第七冊「遺形書 十三」は「二十番」から始まっており、第四冊「遺形書 七」「遺形書 八」や第五冊「遺形書 九」よりも早い番号が付されている。本来ならば「遺形書 十三」が「遺形書 七」の前に位置する方が自然であると思われる。  これらのような現在の錯綜が、書写された嘉永の時点で既に生じていたのか、合冊した時に誤って内題に番号を記してしまったのかは不明である。現在の『遺形書』に脇能の間狂言が全く所収されていないこと、十番台の番号を付した本狂言が所収されていないことと合わせて注意したいところである。 三、本文の系統  『遺形書』は鷺流仁右衛門派の型付台本であることが、能楽研究所水野文庫蔵『鷺流間の本』との比較や、『遺形書』本文の検討から指摘できる。  『鷺流間の本』は『遺形書』とは異なり、台詞をすべて記した鷺流の間狂言台本である(『鷺流間の本』の解題参照)。『鷺流間の本』の奥書に見える「鷺流十一世 矢田文蕙」・「鷺流 矢田文蕙」という人物は不明であるが、同じく矢田姓で名の似た蕙斎という人物については、仁右衛門派で宝生座付であった矢田清右衛門の甥であることが指摘されている(古川久・小林責・荻原達子編『狂言辞典(事項編)』東京堂出版、一九七六年)。『鷺流間の本』には矢田に関する記事がほかにもある。   一、 右之間、流儀ニハ無之候処、宝生流口明無之候而者、難相成候由、則右之口明文句彼方ニ而出来。矢田清右衛門座付之儀ニ候故、相勤申候事。 (『鷺流間の本』第四冊「雑間 四」の〈三笑〉)  宝生座付の矢田清右衛門が〈三笑〉の口開けを勤めており、『鷺流間の本』が仁右衛門派台本であることを示す記事といえよう。  実は、『鷺流間の本』と、『遺形書』の稀曲である第三冊「六」と第七冊「十四」を除いた、間狂言の各冊(第一冊・第二冊・第三冊「五」)を比較すると、両者は所収曲と、その掲載順がほぼ一致している(ただし『鷺流間の本』「安志羅以間 五」の末〈満仲・切兼曽我・元服曽我・現在七面〉は、『遺形書』にはない)。そのうえ『遺形書』で引用、抜き出された台詞は、『鷺流間の本』と一致する。右に上げた〈三笑〉の矢田清右衛門の記事も、『遺形書』第二冊「遺形書 三」に同文がある。所収曲順と台詞の一致に加え、注記までも同じである点をふまえると、両書が同系統の本文に拠っているのは確かである。  また、『鷺流間の本』には掲載されていない本狂言の記事からも、『遺形書』の系統がうかがえる。第四冊「遺形書 八」狂言〈西翁〉の替えの記事の冒頭には、「辰十月十六日溝口ニテ、辰十月四日上杉ニテ。如斯ニテ有之候」という、二か所の大名家での上演の注記がある。  一つ目の「辰十月十六日」の「溝口」は新発田藩溝口家と思われ、この溝口家については『宝暦名女川本』「本書綴外物」の〈川上座頭〉に、次のような記事が見える(永井猛・稲田秀雄・伊海孝充「鷺流狂言『宝暦名女川本』「本書綴外物」翻刻」『能楽研究』四五号、法政大学能楽研究所、二〇二一年)。    溝口信濃守殿ニテ〈川上座頭〉有之候時ニ (「)それみぞ と云所ヲ仁右衛門直シ申候 (「)それ道があしう御座る と替る 溝口信濃守のところで〈川上座頭〉が上演された際に、姓にあたる「みぞ」が忌み詞であるので、鷺仁右衛門が直したというエピソードである。溝口家の催しに仁右衛門が関わることから、溝口家が仁右衛門派を採用していた可能性も考えられよう。  『遺形書』の二つ目の上演は「辰十月四日」の「上杉」である。米沢藩上杉家では仁右衛門派の有江家が知られ、台本も伝わっている。さらに米沢藩芸者組に属する本間久近が記した法政大学鴻山文庫蔵『鷺流間狂言附』も、仁右衛門派の台本である(『鷺流間狂言附』の解題参照)。仁右衛門派につながる二つの大名家での上演記録が見える『遺形書』は、本狂言部分についても仁右衛門派であるといえる。  ほかに、本狂言の演出にも仁右衛門派の特色を確認することができる。例えば〈半銭〉では、閻魔王が浄玻璃の鏡に生前の行いを映し出す際に、先に馬喰の悪行を鏡に映して馬にし、その後で禅僧の善行を映す順序になっており、伝右衛門派の享保保教本や宝暦名女川本とは逆になっている点があげられる。  仁右衛門派の諸台本とのさらなる比較をおこなうとともに、〈菊の下水〉をはじめとする稀曲の調査を通して、『遺形書』の特色をさらに解明する必要がある。                         (中司由起子)